ファッション写真家がコーヒー業界を変えた日|Aillio社の奇跡のストーリー

プロローグ:2013年、香港のスタジオで生まれた野望

香港のファッション写真スタジオ。シャッターを切る合間に、一人の男がコーヒーカップを見つめていた。Jonas Lillie、当時30代のファッション写真家。彼のスタジオには、いつも上質なコーヒーが用意されていた。クライアントをもてなすため、そして長時間の撮影を乗り切るため。

しかしJonasの心には、ある不安が渦巻いていた。

「このままでいいのだろうか?」

写真家としての成功は、すべて自分という個人に依存している。体調を崩せば収入はゼロ。自分が働かなければ、何も生まれない。彼は自分自身がボトルネックになっていることに、閉塞感を感じていた。

「自分より大きなもの、自分なしでも独自の生命を持つものを創りたい」

そう決意したJonasは、サービスではなく物理的な製品の開発を目指すことにした。そして選んだのが、コーヒーロースターだった。なぜか?それは、偶然と必然が交差した物語の始まりだった。

第一章:香港での目覚め-写真家からイノベーターへ

一杯のコーヒーからの気づき

Jonasの友人の一人が、香港でコーヒー機器を販売する会社を経営していた。ノックボックス、タンパー、カップといった小物を扱っていた。その友人が、Jonasのスタジオに質の高いコーヒーを供給してくれていたのだ。

コーヒーショップで長時間過ごすうちに、Jonasはさまざまな豆や焙煎度の違いに興味を持つようになった。「自分で焙煎してみたら面白いかもしれない」そう思った彼は、小型のホームロースターを購入した。

しかし、実際に使ってみると失望した。ビルドクオリティは低く、容量は小さすぎる。もっと良い選択肢を探したが、市場には存在しなかった。

「1キログラム焙煎できるホームロースターを開発できないだろうか?」

Jonasは友人にアイデアを提案した。しかし、友人は首を横に振った。「そんなもの、不可能だ」と。

普通ならここで諦めていただろう。しかしJonasには、もう一つの武器があった。双子の兄弟、Jacob。エンジニアリングの専門家だった。

双子の兄弟、運命の再会

デンマークで生まれた双子の兄弟。Jonasがコペンハーゲンで写真を学び、2000年に香港へ渡ったとき、Jacobはエンジニアリングの道を歩んでいた。

Jonasが誘導加熱(インダクション)を使ってロースターを作るアイデアを提案したとき、Jacobの目が輝いた。

「それは…面白いかもしれない」

それまでJonasが提案してきたアイデアを次々と却下してきたJacobが、初めて興味を示した瞬間だった。なぜなら、誘導加熱を使ったコーヒーロースターは、世界のどこにも存在しなかったからだ。

2013年、Aillo社が正式に設立された。資金も経験もない、二人の兄弟による挑戦が始まった。

第二章:3Dプリンターと深夜の実験室

ゼロからのプロダクトデザイン

Jonasは写真家であり、プロダクトデザインの専門家ではなかった。しかし彼は、その限界を乗り越えることを決めた。

「CADを学び、製品設計を研究し、製造のための設計を理解する。それが重要だ!」

独学でCADソフトウェアを習得し、製品デザインを学んだ。Jacobは自由時間のすべてをコントローラーとソフトウェアの開発に費やした。エンジニアとしての専門知識で、Jonasに重要な質問を投げかけ、メンターとして支えた。

すべての物理パーツはユニークで、大量の金型を作る必要があった。それ自体が巨大な挑戦だったが、二人はこう考えた。

「これが、本当にユニークな製品を作る唯一の方法だ。機能だけでなく、外観においても」

初期のプロトタイプは、3Dプリンターで出力された。何度も、何度も。失敗と改良を繰り返し、徐々に形が見えてきた。

台湾という選択

製造拠点として、彼らが選んだのは台湾だった。なぜ台湾なのか?

Jonas は語る。「台湾の適度なサイズは、生産現場に常に近い位置にいられることを意味します。課題が発生したときは、数時間以内に工場に駆けつけられる。価格だけを見れば、中国でより安い価格を得られたかもしれません。しかし、私たちは最安値を追求するビジネスではなく、優れた製品を作るビジネスをしています。そのパラメーターで言えば、台湾に勝るものはない」

そしてもう一つ、台湾を選んだ理由があった。

「多くの点で、台湾のアイデンティティは私たちが大切にする価値観を体現しています。台湾は、荒々しく競争的で時に敵対的な世界の中で、輝く人間的で民主的なダイヤモンドです。台湾の人々の苦境とは比較になりませんが、私たちも企業として、自分たちの道を進み、信じるもののために立ち上がり、前向きな姿勢で進むという価値観に共鳴しています」

Aillo社は、台北にオフィスを構え、台湾の地元経済の一部となることを選んだ。

第三章:2015年、Bullet R1の衝撃デビュー

懐疑から熱狂へ

2015年、ついにBullet R1が世界にデビューした。コーヒー焙煎コミュニティの最初の反応は懐疑的だった。

「電動で1キログラム?本当に機能するのか?」 「誘導加熱だって?ガスの代わりになるはずがない」 「データロギング?そんなものは焙煎の邪魔になる」

しかし、実際に触れた人々の反応は一変した。懐疑は熱狂へと変わっていった。

革命的な技術の数々

  1. 誘導加熱の驚異
    • 1kgのコーヒーを焙煎するのに必要な電力はわずか0.3kW/h
    • ハロゲン電球とほぼ同じ消費電力
    • ガスロースターと比較して75%のエネルギー削減
    • 即座の温度応答
  2. IBTS(赤外線豆温度センサー)
    • 特許取得済みの技術
    • 豆の表面温度を直接測定
    • バッチサイズに影響されない正確なデータ
    • 業界最高レベルの速度、精度、一貫性
  3. 細かな制御
    • 9段階のパワーレベル
    • 12段階のファン速度
    • 9段階のドラム速度
    • 160°C〜310°Cの予熱範囲
  4. RoasTimeソフトウェア
    • すべてのデータを自動記録
    • プロファイルの保存と再生
    • Roast.Worldでグローバルに共有
    • PC/Mac対応

最初の3年間で3,000台

最初の3年間で、Bulletは約3,000台を販売した。ホームロースターからプロのサンプルロースター、小規模カフェまで、幅広い層に受け入れられた。

Jonasは当時をこう振り返る。「私たちの顧客のほとんどは、ロースタリー、カフェ、生豆販売業者などのコーヒープロフェッショナルです。しかし、ホームロースターも増加しており、彼らは野心的で、熟練し、優れた機器に投資する意欲があります」

第四章:デンマークの価値観、台湾の技術

北欧デザイン哲学の体現

Aillio社は台湾に拠点を置きながら、そのDNAは深くデンマーク文化に根ざしている。

「デザインはデンマーク社会のあらゆる側面に浸透しています。物理的製品やソフトウェアから、公共交通機関や都市計画、居住空間まで」とJonasは説明する。

彼のデンマークの自宅には、30年前のダイニングチェアがある。Arne Jacobsenの7シリーズ。デザインは時代を超越し、今日でも販売されている。

「品質を買うことは投資です。長期的には、3年ごとに買い替えが必要な安物を買うより安くつきます」

この哲学はBulletの価格設定にも表れている。$3,499(約50万円)は決して安くないが、その機能と品質を考えれば、相対的に優れた価格だとJonasは言う。

「私たちは手頃な価格を保ちながら優れた製品を提供したい。それがほとんどのデンマーク企業の運営方法であり、少数派だけが享受する特権を多数派がアクセスできるようにするというデンマークの民主主義モデルの反映だと思います」

人を大切にする企業文化

Aillio社の革新は、製品だけではない。企業文化においても、彼らは新しい基準を作っている。

台湾の平均給与が約39,191台湾ドル(約13万円)のところ、Aillo社の平均給与は80,000台湾ドル(約27万円)。さらに、利益分配制度の導入により、給与が50〜80%増加する可能性もある。

「スタッフを負債として見ることはできません。彼らはあなたが持つ最大の資産です」とJonasは強調する。

週40時間労働が基本だが、その時間配分は従業員が自由に選べる。在宅勤務も可能だ。

「ヨーロッパ企業は30〜40年前から知っていることを、台湾企業はまだ理解していない。人々が週に40時間の人生を私と私の会社に提供してくれるなら、私はそれを大切にしなければならない」

2024年時点で、Aillio社は20人以上のスタッフを抱え、バンコク、コペンハーゲン、台北にオフィスを構えるグローバル企業に成長した。

第五章:進化するBullet-R2とR2 Proの登場

完璧を追求し続ける

2024年7月、Aillo社は新モデルR2とR2 Proを発表した。Jonasは「R2は前身のR1とは完全に異なる機械です」と説明する。

Bullet R2の進化

  • 電力:10段階、最大1,750W(R1は9段階1,550W)
  • FlowSenseエアフロー検出システム
  • チャフによる気流の妨げを自動検知・調整
  • QuickCleanメンテナンス機能
  • OLEDディスプレイ

Bullet R2 Pro-プロフェッショナルの新標準

  • 容量:最大1.2kg(R1/R2は1kg)
  • 電力:14段階、最大2,300W
  • 220V専用(より強力な性能)
  • Pro冷却トレイ(機械式撹拌アーム付き)
  • 気圧センサー搭載
  • CAN(コントローラーエリアネットワーク)対応予定

「空が限界です。CANアダプターがあれば、ほぼ焙煎プロセス全体を自動化できます。豆の自動投入、排出プロセスの自動化、アラーム設定など。それは事前にインストールされた未来へのゲートウェイのようなものです」とJonasは興奮気味に語る。

顧客の声が製品を育てる

Aillio社の強みは、顧客との密接な関係だ。あるユーザーはこう証言する。

「Aillo社の皆さんは常にユーザーフィードバックを求めており、それがソフトウェアとファームウェアを長年にわたって大幅に改善し、ユーザーからのリクエストを組み込んでいる」

15年間ホームローストをしてきたベテランは言う。「Aillo Bulletを使い始めたとき、石器時代からSF未来へ飛び込んだように感じた」

別のプロロースターは、Bulletで2つのチャンピオンシップ優勝コーヒーを焙煎した経験を持つ。「Bulletは大型商業機と同等の品質を生み出せると主張する資格があります」

第六章:AiO-AIと出会った未来のロースター

デンマークデザインとの再会

Bulletの成功後、Jonasは次なる挑戦を考え始めた。そして決意した。「新製品には、デンマークのデザイン会社を起用したい」

20年近く故郷を離れていたJonas。自分のルーツとのつながりを深めたいと思った。友人の紹介で出会ったのが、世界的に有名なKilo Design社。

しかし、Kilo Designを説得するのに3ヶ月かかった。何が彼らの心を動かしたのか?

「AiOをグリーンテック製品として見ていることが、最終的に彼らを説得しました。デンマークの理想主義が短期的利益に勝ったわけです。それが好きです」とJonasは笑う。

全く新しい次元

「AiOは多くの点で、Aillio社にとってまったく新しい章です。それは完全に異なる野獣であり、Bulletよりもはるかに、はるかに高度です」

Bulletが第一子として特別な場所を心に持っているとしても、AiOは別次元だとJonasは語る。

「AiOでは、人工知能、機械学習、自動化、直感的な製品デザインという新しい世界に足を踏み入れています」

AiOの革新的特徴

  1. 完全自動化された2kgロースター
    • カフェ、ホテル、レストラン向け
    • カウンタートップに設置可能
    • ガス不要の電動システム
  2. モジュラー設計
    • 溶接なしの組み立て
    • 簡単なメンテナンスとアップグレード
    • 背面・側面パネルが大きく開く
    • パーツの交換が容易
  3. 圧倒的なセンサー技術
    • 焙煎ドラムと冷却チャンバーそれぞれに赤外線センサー
    • 気圧、排気湿度・温度、高度などを監視
    • リアルタイムでデータ収集
  4. AI機能
    • ローカル温度、気圧、機械の公差などの小さな変動を考慮
    • 自動レシピ調整
    • 100%に近い精度でプロファイル再現
    • 予測分析機能
  5. 直感的なインターフェース
    • タッチスクリーンディスプレイ
    • 真鍮製のノブ(バリスタに馴染む質感)
    • 豆観察窓にイルミネーション
    • サンプルスクープ(trier)不要「良いデータがあれば必要ありません」

Kilo Designとの格闘

Kilo Designは、Aillo社のエンジニアリングスキルを絶望的なレベルまで試した。製造が非常に困難な形状や、スペースを制約する寸法を主張し続けた。

「最終的には、その挑戦を乗り越えました。今日、結果にこれ以上ないほど満足しています」とJonasは誇らしげに語る。

モダンなシンセサイザーにインスパイアされたインターフェース。内部コンポーネントから金属製の外装まで、細部まで配慮されたデザイン。二つのドラム構造から派生したフォルム-豆が上部ファンネルから上部焙煎ドラムに入り、その後下部冷却ドラムに進み、完成する。

AiOは、単なる機械ではない。プラットフォームだ。静的な機械としてではなく、成長し進化するシステムとして設計されている。

第七章:持続可能性という使命

地球のための選択

Jonasにとって、環境への配慮は後付けではない。ビジネスの核心だ。

「1kgのまともな焙煎済みコーヒーは30ドルかかります。自分で焙煎すれば、わずか10ドルで済みます。そしてこれは、75%も効率的です。このスタイルのコーヒー焙煎は、多くのお金を節約します」

Bullet R1の誘導加熱技術は、世界で最も環境に優しいロースターの一つだ。平均でガスロースターより75%少ないエネルギー消費。これは単なる数字ではない。地球の未来への投資だ。

AiOもまた、グリーンテック製品として設計されている。それがKilo Designを動かした理由の一つだった。

BRC認証への取り組み

Aillio社は品質管理にも真剣だ。LinkedInでJonasはこう投稿している。

「またやりました。全チームが一丸となって実現させました。食品安全は私たちの核となる価値観であり、BRC認証を取得するために約2年間をかけました」

製品の安全性と品質は、妥協できない領域だ。

第八章:グローバル展開と未来への視座

世界中で愛されるBullet

2024年時点で、Bulletは世界中で12,000台以上が販売されている。10カ国以上に販売代理店を持ち、使用されている場所も多岐にわたる。

  • ホームロースター:週末の趣味から本格的な追求まで
  • カフェ:小規模ロースタリーやサンプルロースティング
  • 教育機関:焙煎技術の教育
  • グリーンビーン販売業者:品質管理とカッピング

台湾には本社とR&D、タイのバンコクにもR&Dオフィス、シンガポールには販売オフィス、そしてコペンハーゲンには故郷とのつながりを保つオフィスがある。

透明性と誠実さ

Aillio社の企業理念は明確だ。

「何よりもAillo社は、潜在的な顧客やエンドユーザー、販売代理店、工場やベンダー、そして最も重要なのは私たち自身の間で、オープンで正直なコミュニケーションを大切にします。誠実さが常に最優先です」

公式サイトにはこうも記されている。「Aillio社は、人種、性別、年齢、性的指向に関係なく、すべての人に平等な機会を提供することに専念しています」

販売代理店との関係も同様に透明だ。新しいビジネス関係を承認する前に、企業を精査し、価値観が一致することを確認する。販売代理店ガイドラインを読んで署名してもらうことから始める。

2025年とその先へ

2022年にCOVID-19が世界を襲ったとき、Aillio社は迅速に行動した。主要部品を在庫し、サプライチェーンの混乱を最小限に抑えた。

「COVIDは売上に対しては慈悲深く、2022年は過去最高の年になる軌道に乗っています」とJonasは2022年のインタビューで語っている。

AiOについては、2023年前半に最初の製品が市場に出ることが期待されていた。その後6〜12ヶ月のフィールドテスト期間を経て、大規模生産に移行する計画だった。

2025年現在、5台の稼働ユニットがデンマーク、台湾、タイのAillio社オフィスに設置され、データを収集し性能を監視している。ほとんどのパーツが製造され、今後数ヶ月でさらに多くの機械を組み立てる予定だ。

「それはただただ息をのむほど美しく、内部の技術と性能も同様に驚異的です」とJonasは興奮を隠さない。

予想価格は約$16,000(約230万円)。商業用小型ロースターとしては革命的な価格だ。

エピローグ:夢を現実に変える力

Jonasからのメッセージ

Jonasはインタビューでこう語っている。

「AiOは私にとって、単なる機械以上のものです。それは私たちの核となるビジョンの物理的な具現化です。そのビジョンとは、誰もが夢のコーヒーを実現し、望むビジネスと人生を築けるようにする製品を作ることです」

そして笑いながら付け加える。「ちょっと大げさかもしれませんが、ある意味ではそうです。あなたが夢見るなら、AiOがそれを実現します。あなたはコーヒーの夢を持ってきてください。私たちはそれを実現するための機械を提供します。だから、夢見続けてください」

「ゼロからイチへ」を生きる男

Jonasは自己紹介にこう書いている。「ニッチな消費財業界での経験。『ゼロからイチへ』に関連するものなら、朝から私を奮い立たせる」

写真家としての成功に満足せず、まだ存在しないものを創造することを選んだ男。双子の兄弟と共に、コーヒー焙煎業界に革命をもたらした男。

Aillio社のストーリーは、情熱と技術、デンマークの価値観と台湾の製造力、そして何より「不可能を可能にする」という信念が生み出した奇跡だ。

私たちへのメッセージ

このストーリーが教えてくれることは何だろうか?

専門家である必要はない。Jonasは写真家だった。 莫大な資金も必要ない。彼らは二人でスタートした。 完璧な計画も必要ない。3Dプリンターでプロトタイプを作り、失敗を繰り返した。

必要なのは、解決すべき問題を見つけること。そして、諦めないこと。

世界中のカフェで、ホームロースターの自宅で、教育機関で、今日もAillo Bulletが動いている。誘導加熱技術が豆を焙煎し、IBTSが正確な温度を測定し、RoasTimeがすべてのデータを記録している。

そして台湾の工場では、次世代のAiOが組み立てられている。AI搭載、モジュラー設計、息をのむほど美しいデザイン。Jonas とJacobのビジョンが、また一つ形になろうとしている。

コーヒーを飲みながらこの記事を読んでいるあなた。その一杯は、もしかしたらAillio Bulletで焙煎されたものかもしれない。そして、その背後には、香港のスタジオで夢を見た一人の写真家のストーリーがある。

「デンマークでデザインされ、台湾で製造され、コーヒーへの愛のために」

これがAillio社のスローガンだ。そして、これからも彼らの挑戦は続く。

焙煎機
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