デロンギの軌跡 暖房器具メーカーからエスプレッソマシンの巨人へ

プロローグ:トレヴィーゾの小さな工場

2025年。世界中の家庭で、毎朝何百万杯ものエスプレッソがデロンギのマシンから注がれている。

しかし、この世界的ブランドは、エスプレッソとは無関係な場所から始まった。1902年、イタリア北部トレヴィーゾ。デロンギ家が立ち上げたのは、小さな工業部品製造工場だった。コーヒーマシンを作ることになるとは、誰も想像していなかった。

それから91年後の1993年。デロンギは初めてのエスプレッソマシンを発表する。そして今、デロンギは世界最大級のエスプレッソマシンメーカーとなった。

これは、123年かけて、暖房器具メーカーがコーヒー帝国を築いた物語である。

第一章:1902年、工業部品からの出発

1902年。20世紀の幕開け。イタリア、ヴェネト州トレヴィーゾ。

デロンギ家は、小さな工業部品製造ワークショップを設立した。産業革命が進む中、機械部品への需要は高まっていた。小さな工場は、地域の産業を支える部品を作り続けた。

48年後の1950年。工場は株式会社として法人化された。De’Longhi S.p.A.の誕生だ。しかし、この時点ではまだ、家電製品は作っていなかった。

第二章:1970年代、オイルショックという転機

1970年代。世界を襲った2度のオイルショック。エネルギー価格の高騰は、人々の生活を一変させた。

デロンギはこの危機を、チャンスと捉えた。

1974年。デロンギが開発したのは、オイル充填式ラジエーターだった。従来の暖房器具よりも効率的で、エネルギー危機の時代に完璧にマッチした製品。

このラジエーターは、大成功を収めた。数百万の家庭に届けられ、デロンギの名前は、イタリア全土に知られるようになった。

暖房器具からスタートして、徐々に製品ラインを拡大。電気ファンヒーター、触媒ストーブ、そしてポータブルエアコン「ピングイーノ」。効率性と革新性が、デロンギのトレードマークとなった。

第三章:1980年代、F1とアイルトン・セナ

1980年代。デロンギは、グローバル展開を加速させた。

そして、驚くべき戦略を打ち出す。F1スポンサーシップだ。

1986年から1988年。伝説のドライバー、アイルトン・セナが駆るロータスのスポンサーとなった。世界中のF1ファンが、デロンギのロゴを目にした。

小さな工業部品メーカーだったデロンギが、世界的ブランドへと飛躍する瞬間だった。

1988年。デロンギは初のマイクロ波オーブンを発売。家電メーカーとしての地位を確立していった。

第四章:1993年、コーヒーマシンという賭け

1993年。デロンギの歴史で最も重要な年の一つ。

初めてのコーヒーマシン──ポンプ式エスプレッソマシンを発表したのだ。

当時、イタリアのエスプレッソマシン市場には、既に多くの老舗メーカーが存在していた。1905年創業のラ・パヴォーニ。1927年創業のランチリオ。1948年創業のガッジア。彼らは何十年もエスプレッソマシンを作り続けてきた専門家だった。

デロンギは、後発だった。しかし、彼らには武器があった。

91年間で培った製造技術。効率的な生産システム。そして何より、家電製品としてのデザイン性とユーザビリティへの理解。

デロンギは、エスプレッソマシンを「プロ用機器」から「家庭用家電」へと変えようとしていた。

第五章:2003年、マニフィカの革命

2003年。デロンギが業界に衝撃を与えた年。

「Magnifica(マニフィカ)」──世界初のスーパーオートマティック・エスプレッソマシンを発売したのだ。

それまでのエスプレッソマシンは、複雑だった。豆を挽き、タンピングし、抽出温度を管理し、ミルクをスチームする。バリスタの技術が必要だった。

マニフィカは、すべてを自動化した。

ボタン一つで、豆の挽きから抽出、ミルクフォームまで。誰でも、本格的なカプチーノを作れる。技術は不要。

コーヒー愛好家たちは懐疑的だった。「自動化されたエスプレッソに、魂はあるのか?」

しかし、消費者の反応は明確だった。マニフィカは爆発的に売れた。

そして2007年。マニフィカ発売からわずか4年後。デロンギは、スーパーオートマティック・エスプレッソマシン市場のリーダーになった。

第六章:2004年、ネスプレッソという同盟

2004年。歴史的な契約が締結された。

デロンギとネスプレッソ(ネスレ)のパートナーシップ。

ネスプレッソは、カプセル式コーヒーシステムを開発していた。しかし、自社では機械を製造していなかった。デロンギは、製造能力と家電としてのデザイン力を持っていた。

完璧なマッチだった。

2007年。「Lattissima(ラティシマ)」誕生。

デロンギが製造し、ネスプレッソブランドで販売される、カプセル式エスプレッソマシン。自動ミルクフロッサーを搭載し、ボタン一つでカプチーノやラテマキアートを作れる。

ラティシマは、エスプレッソマシン市場の基準となった。そして、デロンギの工場で生産される。

このパートナーシップは、今も続いている。世界中で売られているネスプレッソマシンの多くが、デロンギ製だ。

第七章:グローバル化という戦略

2001年。デロンギは大きな一歩を踏み出した。

ミラノ証券取引所への上場だ。株式コードDLG。これは、100年近い家族経営企業が、グローバル企業へと飛躍する瞬間だった。

同じ2001年。イギリスの家電メーカー、ケンウッドを約6,670万ドルで買収。これにより、中国の工場へのアクセスを得た。

デロンギの戦略は明確だった。

デザインとエンジニアリングはイタリアで。製造はコスト効率の高い場所で。品質管理は、すべての工場で同じ基準を適用。

現在、デロンギグループは13の生産施設と30の国際子会社を運営。75カ国以上で製品を販売している。

国際売上は、総収益の約75%を占める。2022年の売上高は31億6,000万ユーロ(約4,560億円)。2014年の売上高のほぼ2倍だ。

第八章:ブラウンという帝国の拡大

2012年。デロンギは、もう一つの歴史的な買収を行った。

ドイツの名門家電ブランド、ブラウンだ。

正確には、プロクター&ギャンブル(P&G)から、ブラウンブランドの小型家電部門の永久製造権を購入した。

ブラウンは、90年以上の歴史を持つドイツのデザインとエンジニアリングの象徴だった。ハンドブレンダーの世界的リーダー。そして、デロンギグループの一員となった。

デロンギは、ブラウンを食品準備・調理部門、アイロン部門で着実に成長させている。

第九章:プロフェッショナル市場への進出

2020年代。デロンギは新しい領域に挑戦し始めた。

プロフェッショナル・エスプレッソマシン市場だ。

これまでデロンギは、主に家庭用市場に焦点を当てていた。しかし、カフェ、レストラン、オフィス──業務用市場には、巨大な可能性があった。

デロンギは、スイスのエヴァーシス(Eversys)社の40%の株式を取得し、残りの60%を購入するオプションも獲得した。エヴァーシスは、プロフェッショナル・スーパーオートマティック・エスプレッソマシンの専門メーカーだ。

そして2021年。デロンギは、さらに大きな一歩を踏み出した。

ラ・マルゾッコ(La Marzocco)だ。

1927年フィレンツェ創業。世界最高峰のエスプレッソマシンメーカーの一つ。世界中のトップカフェが使用する、プロフェッショナル・エスプレッソマシンの代名詞。

デロンギグループは、ラ・マルゾッコを傘下に収めた。家庭用市場のデロンギ。プロフェッショナル市場のラ・マルゾッコ。

エスプレッソマシン帝国の完成だった。

第十章:技術革新という魂

デロンギの成功の秘密は、技術革新への執念にある。

1995年:IFD(Instant Froth Dispenser)特許 自動カプチーノ技術の第一歩。ミルクフォームを瞬時に作る技術。

2003年:マニフィカ 世界初のスーパーオートマティック・エスプレッソマシン。

2007年:ラティシマ ネスプレッソとのコラボレーション。カプセル式の革新。

2010年代:LatteCrema System 完璧なミルクフォームを自動生成。温度、密度、テクスチャーをコントロール。

2020年代:Coffee Link App スマートフォンアプリとの連携。遠隔操作、カスタムレシピ、メンテナンス通知。

デロンギは、エスプレッソマシンを「スマート家電」へと進化させている。

第十一章:デザインという哲学

イタリアンデザイン。それは、機能と美しさの完璧な融合だ。

デロンギのデザインディレクター、ジャコモ・ボリン。2006年、世界で最も影響力のある50人のデザイナーの一人に選ばれた。

2007年。デロンギの「Esclusivo」ラインは、レッドドット・デザイン賞を受賞した。

デロンギのエスプレッソマシンは、ただの家電ではない。それは、キッチンを飾る芸術作品だ。

洗練された曲線。高品質な素材。直感的なインターフェース。そして、イタリアンデザインの美学。

デロンギは、「機械」を「体験」に変えた。

第十二章:世界中の家庭で

2025年現在、デロンギグループは120カ国以上で製品を販売している。

従業員数は10,500人以上。世界中の工場で、毎日何千台ものエスプレッソマシンが生産されている。

主要な生産拠点:

  • イタリア(トレヴィーゾ):デザイン、エンジニアリング
  • ルーマニア:エスプレッソマシンの主要生産拠点
  • 中国(中山、東莞):大量生産
  • その他の地域

「Made by De’Longhi Group」──この概念は、すべてのグループ工場で同じ基準、厳格なサプライヤー選定手順、完全なトレーサビリティシステムを確保することを意味する。

どこで作られても、デロンギの品質は変わらない。

エピローグ:朝のエスプレッソ

朝。あなたがキッチンに立ち、デロンギのエスプレッソマシンのボタンを押す。

機械が静かに動き出す。豆が挽かれ、湯が沸き、圧力がかかり、エスプレッソが注がれる。部屋に広がる香り。カップに注がれる黒い液体。表面に浮かぶクレマ。

この一杯の背後には、123年の歴史がある。

1902年の小さな工業部品工場から、1974年のオイル充填式ラジエーター、1993年の最初のエスプレッソマシン、2003年のマニフィカ、2004年のネスプレッソとの提携、そして今日のグローバル帝国まで。

デロンギは、暖房器具メーカーからコーヒー帝国を築いた。そして、世界中の家庭で、毎朝何百万杯ものエスプレッソを生み出している。

あなたの手の中のカップは、単なるコーヒーではない。それは、イタリアの職人技、技術革新、そして何より、「家庭で本格的なエスプレッソを」という夢の結晶だ。

デロンギは、この夢を実現した。そして今日も、世界中で、その夢は続いている。


参考文献:

  • De’Longhi Group公式ウェブサイト
  • Wikipedia: De’Longhi
  • Zippia: De’Longhi History
  • Coffeeness: Best Italian Espresso Machines
  • Curated: An Expert Guide to De’Longhi Espresso Machines
  • 各種企業分析記事

エスプレッソマシン
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