革命児ローリング社 カリフォルニアの小さな工場から世界を変えた焙煎機

プロローグ:「コーヒー焙煎のテスラ」の誕生

2015年、ワシントンポストのインタビューで、あるコーヒー会社のオーナーが新しく導入した焙煎機をこう表現した。「コーヒー焙煎機のテスラだ」。

その機械は、カリフォルニア州サンタローザの小さな工場で作られていた。従来の焙煎機と比べて最大80%の燃料削減を実現し、煙を出さず、しかも従来よりも美味しいコーヒーを焙煎できる──そんな夢のような機械が、実在していたのだ。

機械の名は「ローリング・スマート・ロースト」。一人の男の執念から生まれた、革命的な焙煎機だった。

第一章:フラストレーションから始まった物語

時は1998年。北カリフォルニアの小さなコーヒー包装業を営んでいたマーク・ローリング・ルドウィグは、深い失望を抱えていた。

彼が使っていた焙煎機は、信頼性に欠け、プロファイル(焙煎の温度や時間の設定)が不安定だった。同じ設定で焙煎しても、毎回違う結果になる。しかも、プロセスは非効率的で、燃料を無駄に消費していた。

マークには、長年にわたる食品加工設備の設置と修理の経験があった。彼の直感が告げていた。「もっと良い方法があるはずだ」。

彼が特に目を付けたのは、アフターバーナー(後燃焼装置)の問題だった。コーヒーを焙煎すると、不快な臭いの排気ガスが発生する。この煙を燃やし尽くすために、ほとんどの焙煎機は外部アフターバーナーという装置を必要とした。しかし、このアフターバーナーの燃料消費量は、焙煎そのものよりも遥かに大きかった。

「アフターバーナーを不要にできたら、革命が起きる」

マークは、設計作業に取り掛かった。ちょうどその頃、彼は独学で溶接とCAD(コンピュータ支援設計)ソフトウェアの使い方を学んでいた。夜な夜な、彼は図面に向き合い、試行錯誤を重ねた。

それは孤独な戦いだった。

第二章:5年間の苦闘と最初の奇跡

2003年。マークがプロジェクトを始めてから5年の歳月が流れていた。

そしてついに、彼は成し遂げた。世界初の無煙コーヒー焙煎が可能な機械の完成だ。

その革新的なアイデアは、シンプルながら画期的だった。単一のガスバーナーで、コーヒーの焙煎と排煙の焼却の両方を処理する。熱風を再循環させることで、常に新しい空気を加熱する必要がない。これにより、外部アフターバーナーが不要になり、燃料消費は劇的に削減された。

しかし、世の中はこの新しい技術を簡単には受け入れなかった。

地元のテイラーメイド・コーヒーの共同創業者、ブルース・マーティンは後に振り返る。「かなり有名なコーヒー焙煎の専門家たちが、確実にこの試み全体に疑問を呈した」。

それでも、マーティンは挑戦する価値があると判断した。コーヒー生産における膨大な温室効果ガスを大幅に削減できる可能性があったからだ。「多くのコーヒー会社は、自分たちがいかにサステナブルかを自慢したがる。しかし、コーヒーの焙煎については語らない」。

テイラーメイドは、マークの焙煎機を採用した。そして、他のコーヒー会社にもこの新しい焙煎機を試すよう説得してくれた。

2003年、ローリング社は最初の商業用焙煎機を製造した。それは、S35ケストレル──35kg(ハーフバッグ)の生豆を焙煎できる、統合型アフターバーナーを搭載した世界初の焙煎機だった。

第三章:小さな工場から世界へ

2007年、アイダホ州ポストフォールズのドマ・コーヒー・ローステイングが、ローリング社が製造した13台目の焙煎機を購入した。

一台ずつ、着実に顧客が増えていった。しかし、まだ業界全体からの認知度は低かった。

ローリング社の本社は、サンタローザのダットン・アベニューにある小さな工場だった。従業員は35人。ワイナリー設備を作っていた溶接工や製作者、様々な種類のエンジニアたちが、一台一台、手作業で焙煎機を組み立てていた。

しかし2015年頃から、状況が変わり始める。

ノースカロライナ州ダーラムに拠点を置くカウンター・カルチャー・コーヒーが、カリフォルニアのエメリービルに第二工場を開設することを決定した。20年の歴史を持つこの卸売スペシャルティコーヒー会社が選んだのは、ローリング・ペレグリン──70kgのグリーンビーンズ1袋全体を焙煎できる「ワンバッガー」だった。

ヘッドロースターのベン・ホーナーは、2トンの焙煎機械が到着したとき、驚きを隠せなかった。「説明書なしで、ほぼ一人でエメリービルの倉庫で重いコンポーネントを組み立てることができた」。

彼は、ローリングをこう評した。「思慮深く設計されたステンレススチールの美しさ。素晴らしいコーヒーを生産しながら、従来の焙煎機よりもはるかに少ないエネルギーを消費する」。

この頃、ローリング社は年間100台近くの焙煎機を製造していた。価格は8万ドルから21万ドル(約880万円〜2,310万円)。決して安くはない。しかし、それに見合う価値があった。

第四章:伝説のロースターの選択

2018年。コーヒー業界に衝撃が走った。

ノルウェー・オスロの伝説的なロースター、ティム・ウェンデルボーがローリングを選んだのだ。

ティムは、2004年のワールド・バリスタ・チャンピオン。2008年から2018年の間に7回もノルディック・ロースター・チャンピオンシップで優勝。2013年には「ヨーロッパ最高のコーヒーロースター」に選ばれた、業界のアイコンだ。

それまで、ティムはドイツの名門プロバット社の焙煎機を使っていた。しかし、彼は新しい焙煎機としてローリングS35ケストレルを選んだ。

2018年9月、ノルディック・ロースター・フォーラムで、ティムと彼のチームは参加者に向けてワークショップを開催した。テーマは「新しいローリング焙煎機の経験と、以前使っていたプロバットからどのように改善されたか」。

この選択は、日本を含む世界中に波紋を広げた。京都のKurasuの記事は「ティム・ウェンデルボーがローリング・スマート・ロースト社の焙煎機を新しいロースティングマシンとして選んだというニュースが2018年に流れて以来、これまで以上に名声と人気を得た」と報じた。

なぜ、伝説のロースターは、150年の歴史を持つプロバットから、まだ15年の歴史しかないローリングに乗り換えたのか?

答えは、品質とサステナビリティの両立にあった。

第五章:革新的な設計の秘密

ローリングの焙煎機は、ドラムを持っている。しかし、本質的には「エアロースター(熱風式焙煎機)」だ。熱を伝える方法が、従来の焙煎機とはまったく異なる。

従来の焙煎機は、ドラムからの伝導熱(熱い表面からの熱伝達)と対流熱(空気を通じた熱伝達)の組み合わせを使う。しかしローリングは、ほぼ完全に対流によって熱を伝える。

その仕組みはこうだ:

  1. 単一のガスバーナーが空気を加熱する
  2. 加熱された空気が焙煎ドラムに送られ、コーヒー豆を焙煎する
  3. 焙煎から出る煙を含んだ空気が、同じバーナーで焼却される
  4. 熱い空気は再循環され、再び焙煎に使われる

この閉ループシステムにより、常に新しい空気を加熱する必要がなくなった。結果、エネルギー消費は最大80%削減される。

さらに驚くべきは、その精度だ。温度制御は0.1度単位。保存可能で再現可能な焙煎プロファイル。タッチスクリーンによる完全自動化。グリーンビーンズのホッパーからの投入、焙煎室からの排出、バーナーの精密制御──すべてが自動化されている。

オレゴン州ユージーンのワンダリング・ゴート・コーヒーは、2006年に購入したローリング(プロトタイプの次に製造された2台目)を今も使い続けている。彼らはこう表現する。「人間はどこで終わり、機械はどこで始まるのか?」

第六章:世界中で広がる「ローリング・ラブ」

2015年時点で、ローリングは世界60カ国以上で使用されていた。そして2024年現在も、その勢いは衰えていない。

イギリスのホーシャム・コーヒー・ロースターは、2018年にジョパー社のドラム焙煎機からローリングS35に切り替えた。彼らの決断の理由は明確だった。「生産能力の向上、品質の改善、そしてCO2排出量の削減」。

ローリングの導入により、彼らのガス使用量とCO2排出量は70%削減された。「環境への影響を大幅に削減できたことを、非常に嬉しく思う。同じ高品質のコーヒーを楽しみながら、環境に優しい利点も加わった」。

オレゴン州ポートランドのノッサ・ファミリア・コーヒーは、S35ケストレルとS70ペレグリンの2台を所有している。彼らは2015年に100%再生可能エネルギー(風力)に切り替え、従業員の自転車通勤を奨励している。ローリング焙煎機は、彼らのサステナビリティ戦略の中核を成している。

コーヒー機器販売のプロフェッショナル、CEProsは、中古ローリング焙煎機の販売で業界をリードしている。彼らはこう語る。「私たちは、昨年だけで10台の販売に関わり、現在の在庫には少なくとも5台以上ある。ローリングの航空交通量の多さを考えると、その人気が分かる」。

彼らはこれを「ローリング・ラブ」と呼んでいる。

第七章:日本での衝撃

日本のコーヒー業界でも、ローリングの評判は高まっていた。

京都のKurasuは、以前はギーセン社の焙煎機を使用していたが、ローリングに切り替えた。ヘッドロースターのコウスケは、その変化について語る。

「品質管理がまったく違う体験になった。機械の容量は物理的に6倍に増えた。ギーセンで35kgを焙煎するには6バッチ必要だったが、今は一度で全部焙煎できる」。

彼が最も驚いたのは、バッチ間の品質のばらつきが大幅に減少したことだった。「まったく同じ豆で同じ焙煎プロファイルを使って連続で焙煎しても、各バッチは決して完全に同じにはならない。時には良くなり、時には逆になる。しかし、私たちの仕事は、これらのバッチ間の差異を最小限に抑えることだ。そして、それが実は心理的に最も疲れる作業なのだ」。

ローリングは、その再現性の高さにより、ロースターを精神的負担から解放した。そして、より創造的な焙煎に集中できる時間を与えた。

コウスケはこう続ける。「ギーセンは半熱風式、ローリングは完全熱風式。科学的にどうしてそうなるのかは専門外だが、これが結果の違いを生んでいるはずだ。再現性を向上させ、可能な限り多くのタスクを効率化することで、ローリングはコーヒーロースターに理想のコーヒーを追求する時間を提供している」。

第八章:小さな工場の哲学

サンタローザの工場は、今も創業当初と同じ小さなオフィスでミーティングを行っている。

ローリング社のマーケティング&セールスディレクター、デニス・フォーゲルは語る。「コーヒー焙煎の世界は一般的にゆっくり動く。しかし、私たちは違う。私たちのエンジニアリングは、カーブの先を進み、ローリング焙煎機ユーザーにより大きな価値を提供している」。

彼らは、V2ソフトウェアやロースト・アーキテクトのようなシステムを継続的に開発している。しかし、その開発は慎重だ。

「私たちの顧客は毎日コーヒーを焙煎しなければならない。だから、彼らを実験台にすることはできない。通過するすべての列車に飛び乗るのではなく、本当によく考える」。

この哲学は、マーク・ローリング・ルドウィグの最初の5年間の苦闘から受け継がれている。完璧になるまで、世に出さない。

2024年現在、ローリング社は製造リードタイムを3〜6ヶ月に短縮した。ISO 9001:2015認証を取得し、すべての焙煎機はアメリカ製のステンレススチールで、熟練した職人によって作られている。

4つのモデル──7kgのナイトホーク、15kgのファルコン、35kgのケストレル、70kgのペレグリン──すべてが同じ単一バーナー対流設計を採用している。すべての焙煎機で、最大容量の20%から100%までの範囲で一貫した結果を出すことができる。

第九章:環境への真の貢献

数字は雄弁だ。

ローリングの焙煎機を使用することで、従来の焙煎機と比較して、1回の焙煎あたり最大80%の燃料節約とCO2排出削減が可能になる。

ローリング社のウェブサイトには、燃料節約計算機がある。週あたりの推定焙煎時間とバッチサイズを入力すると、燃料とCO2削減量を教えてくれる。これは単なる理論ではなく、実際の、具体的な利益だ。

オハイオ州のフレッシュ・ローステッド・コーヒーは、5台のローリング焙煎機を所有している。3台のペレグリン、1台のケストレル、1台のナイトホーク。彼らは自社のウェブサイトでこう宣言している。

「事実上無煙の焙煎環境のおかげで、私たちはカーボン排出を80%削減し、何十万ポンドものCO2が大気中に放出されるのを防いだ」。

さらに、閉ループシステムにより、焙煎の品質が向上するだけでなく、廃棄される「悪い焙煎コーヒー」が減少した。冬には焙煎機の熱だけで暖房費を節約し、全体的なエネルギー消費を削減している。

これは、単なる環境への配慮ではない。ビジネスとしても成り立つ、本物のサステナビリティだ。

第十章:2024年、そして未来へ

2024年、ローリング・スマート・ロースト社は創立21周年を迎えた。

スペシャルティコーヒー運動の「第三の波」とともに誕生し、第四、第五の波を経験しながら成長してきた。その間、彼らは常に革新的で革命的な業界リーダーであり続けた。

現在、ローリング焙煎機は60カ国以上で稼働している。ブルーボトルコーヒーから、中国の様々なロースタリーまで、世界中のロースターが「ローリング・ラブ」を体験している。

しかし、ローリング社の本質は変わっていない。

彼らは今も、サンタローザの小さなオフィスでミーティングを行っている。創業時と同じ場所だ。一人の男が、フラストレーションから始めた夢の場所。5年間の孤独な苦闘の末に、世界を変える機械を生み出した場所。

マーク・ローリング・ルドウィグは、今も会社に関わっている。彼の哲学は、従業員たちに受け継がれている。「完璧になるまで、リリースしない」「顧客を実験台にしない」「本当によく考える」。

エピローグ:一杯のコーヒーに込められた革命

あなたが次にコーヒーを飲むとき、それがローリングで焙煎されたものなら、少し立ち止まって考えてみてほしい。

その一杯の背後には、1998年に始まった一人の男の挑戦がある。誰も信じなかったアイデアに、5年間の人生を賭けた男。外部アフターバーナーを不要にするという、「不可能」に挑んだ男。

そして今、その機械は世界中で、毎日何百トンものコーヒーを焙煎している。従来の80%の燃料で、煙を出さず、高品質なコーヒーを。

革命は、いつも小さな場所から始まる。サンタローザの小さな工場から、世界が変わった。

一人の男のフラストレーションが、業界全体を変える革新になった。それは、諦めなかった人の物語。信念を貫いた人の物語。そして、本当に良いものは、時間をかけても世界に受け入れられるという、希望の物語だ。

あなたのカップの中のコーヒーは、単なる飲み物ではない。それは、革命の味がする。


参考文献:

  • Loring Smart Roast公式ウェブサイト
  • The Press Democrat
  • Kurasu Journal
  • Coffee Equipment Pros
  • Tim Wendelboe公式サイト
  • April Coffee Roasters
  • 各種コーヒー業界メディア

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