プロローグ:失意のどん底から始まった夢
東京の片隅にある、小さなスターバックスコーヒーの店内。25歳の大塚朝之は、テーブルに肘をつき、コーヒーカップを眺めていた。俳優への夢が潰えたばかりで、心には深い空虚感が広がっていた。
中学生の頃から演劇に没頭し、映画「突入せよ!あさま山荘事件」への出演も果たした。しかし、浮き沈みの激しい芸能界で、彼の抱いた夢は無残にも破れてしまった。その日、大塚の人生は大きな転換点を迎えようとしていた。
「このコーヒー、なんだろう…」
一口飲んだその瞬間、何かが彼の心を揺さぶった。それは単なる飲み物ではなかった。温かさ、香り、味わい。その全てが絶妙に調和し、疲れ果てた心に静かに染み渡っていく。
「もしかしたら、これだ」
大塚はそう直感した。人を幸せにする何かがここにある。それから彼の新しい人生が始まることになる。
第一章:資本金ゼロからの挑戦
友人の勧めで、大塚はコーヒー豆を扱うショップでアルバイトを始めた。働き始めてわずか1ヶ月、彼はある問題に気づく。
「お客様が自宅で淹れても、店と同じ味にならない」
コーヒーは、豆の挽き方、お湯の温度、抽出時間など、多くの要素で味が変わる。お客様は最高品質の豆を買っていくのに、完璧な一杯に出会えない。この現実を目の当たりにして、大塚は思った。
「液体のコーヒーとして提供すれば、常に最高の味をお届けできるのではないか」
働き始めて2ヶ月後、彼は事業計画書を書き上げた。しかし、当時の勤務先では理解を得られなかった。ならば自分で始めるしかない。その決意を固めた時、一人の同僚が彼の銀行口座に100万円を振り込んでくれたのだ。
「お前の事業は面白い。やってみろ」
その言葉が、すべての始まりだった。
2011年6月8日、東京・恵比寿に、わずか8.7坪の小さな店舗が誕生した。資本金はゼロ。100万円で物件を借り、残りの資金は全て内装と設備に消えた。椅子もテーブルも手作り。電動工具すら買えず、手でヤスリをかけていると、見かねた近所のカーナビ取付会社の社長が工具を持ってきてくれた。
店名は「猿田彦珈琲」。伊勢の猿田彦神社の神様にちなんで名付けられた。道を開く神様のように、この店が新しい道を切り開いてくれることを願って。
看板には、こう書かれていた。
「たった一杯で、幸せになるコーヒー屋。」
第二章:絶望の1年半
オープン当初、現実は厳しかった。
「今日も赤字か…」
毎晩、帳簿を見ながら大塚は頭を抱えた。お客様はなかなか来ない。来ても一杯飲んで帰る。店の家賃すら払えるかどうか分からない日々が続いた。1年半、赤字は続いた。
何度も諦めかけた。しかし、大塚は信じていた。本当に美味しいコーヒーを、真心を込めて提供し続ければ、必ず誰かが気づいてくれる。そう信じて、彼は毎日店に立ち続けた。
転機が訪れたのは、開店から1年半が過ぎた頃だった。
「また来ました。今日も美味しかったです」 「友達を連れてきました」 「このコーヒー、本当に幸せになれますね」
常連客が少しずつ増え始めた。そして彼らが友人を連れてくる。口コミで評判が広がり、遠方からわざわざ訪れる客も現れた。小さな店は、いつの間にか多くの人々の心の拠り所になっていた。
第三章:スペシャルティコーヒーへのこだわり
猿田彦珈琲が他のカフェと決定的に違うのは、コーヒーへの徹底したこだわりだった。
大塚は自らコーヒー農園を訪れ、生産者と直接対話した。ブラジル、エチオピア、グアテマラ、パナマ。世界中の農園を巡り、自分の目と鼻と経験と味覚で最高品質のスペシャルティコーヒー豆を厳選した。
「コーヒー豆は、農園と直接取引しています。ダイレクトトレードです」
大塚は語る。中間業者を通さず、生産者と良好な関係を築きながら豆を調達する。それにより、最高品質を確保しながら、生産者にも適正な利益が還元される。
焙煎も、抽出も、すべてに妥協はない。一杯のコーヒーを淹れるのに5分かかることもある。しかし、その待つ時間すら、お客様にとって特別な体験になる。バリスタが丁寧に、真心を込めて淹れる姿を見ながら、期待が高まっていく。
そして運ばれてくる一杯。香りに包まれた瞬間、多くの人が言葉を失う。
「こんなコーヒー、初めて飲んだ」
第四章:「邪道」と呼ばれても
2014年春、猿田彦珈琲に大きな転機が訪れた。大手飲料メーカーから、缶コーヒー「ジョージア ヨーロピアン」の監修依頼が舞い込んだのだ。
大塚は迷った。スペシャルティコーヒーの世界では、大量生産品への関与は「邪道」とされることも多い。純粋にコーヒーを愛する人々から、批判を受けるかもしれない。
しかし、彼は決断した。
「もっと多くの人に、美味しいコーヒーの幸せを届けたい」
たとえ缶コーヒーであっても、自分が監修すれば多くの人に喜んでもらえる。コンビニで手軽に買える一本が、誰かの一日を少しだけ幸せにする。それは、「たった一杯で、幸せになるコーヒー屋」という理念と矛盾しないはずだ。
結果は大成功だった。「ジョージア ヨーロピアン 猿田彦珈琲監修」は大ヒット商品となり、今も販売が続いている。大塚自身がCMに出演し、話題にもなった。
その後も、ローソンのコーヒー、コカ・コーラの綾鷹カフェなど、次々と大手企業からの監修依頼が舞い込んだ。猿田彦珈琲は、もはやスペシャルティコーヒーの枠を超え、日本のコーヒー文化を変える存在になっていた。
第五章:チームの力、そして世界へ
店舗数が増えるにつれ、大塚は新たな課題に直面した。
「猿田彦珈琲らしい接客を、どうやって全店舗で実現するか」
彼は、サッカーのビッグチームのトレーニング手法に着目した。ヨーロッパの名門クラブでは、実践的な練習で選手を短期間で成長させる。その手法を、スタッフ教育に応用したのだ。
「Yes+α」というルールも導入した。これは、大塚が俳優時代にアドリブ演技の教室で学んだテクニックだ。お客様の言葉に対して、必ず「Yes」の後に何かを付け加える。これにより、会話が途切れず、温かいコミュニケーションが生まれる。
「昨日の夜、ご飯は食べましたか?」 「はい、中華料理を食べました。お客様は何を召し上がりましたか?」
こうした小さな工夫の積み重ねが、猿田彦珈琲の接客を特別なものにしていった。
2018年9月、猿田彦珈琲は台湾に1号店をオープン。海外進出を果たした。2019年には、バリスタの伊藤大貴がワールドラテアートチャンピオンシップで世界4位に輝く快挙を成し遂げた。そして2024年には、ジャパンバリスタチャンピオンシップで伊藤が優勝、安部潤が準優勝という、1位と2位を独占する偉業を達成した。
小さな恵比寿の店から始まった夢は、着実に世界へと広がっていった。
第六章:古都・京都への挑戦
2025年11月、猿田彦珈琲から大きな発表があった。
京都・祇園への初出店。
京都は日本屈指のコーヒー激戦区だ。イノダコーヒ、前田珈琲、小川珈琲など、老舗喫茶店や専門店が数多く存在し、京都の人々のコーヒーへの目は厳しい。そんな土地に、東京発の猿田彦珈琲が挑む。
新店舗「猿田彦珈琲 京都祇園」は、2026年初春、八坂神社のすぐ近く、四条通沿いの「漢字ミュージアム」内にオープンする予定です。
場所は祇園のど真ん中。歌舞伎の殿堂「南座」から八坂神社へ向かう参道沿い。国内外から訪れる観光客と、地元の人々が行き交う、京都を代表する一大観光エリアだ。
約97平方メートルの店内では、限定ブレンドや特別メニュー、オリジナルグッズなど、京都店舗限定の商品もラインアップされます。
大塚は語る。
「京都は、日本のコーヒー文化の聖地の一つです。そこで認められることは、私たちにとって大きな挑戦であり、名誉なことです」
京都店では、京都でしか味わえない特別なコーヒー体験を提供する計画だという。古都の伝統と、猿田彦珈琲の革新が融合した、新しいコーヒー文化の創造を目指す。
想像してみてほしい。冬の京都、祇園の街を散策した後、漢字ミュージアムに立ち寄り、温かな猿田彦珈琲の一杯で心も体も温める。あるいは春の桜の季節、八坂神社への参拝の前に、特別なブレンドを味わう。そんな新しい京都体験が、まもなく始まろうとしている。
第七章:コーヒーがつなぐ幸せ
創業から14年。猿田彦珈琲は現在、国内28店舗を展開するまでに成長した。年商は10億円を超え、2029年までに200店舗、年商500億円という大きな目標を掲げている。
しかし、大塚にとって最も大切なのは、数字ではない。
「私が一番幸せを感じるのは、朝早く起きて家族と食卓を囲む時間です。美味しいコーヒーとともに迎える朝は、その日一日を幸せにしてくれる」
猿田彦珈琲のコンセプトは、創業時から変わらない。
「たった一杯で、幸せになるコーヒー屋。」
一杯のコーヒーが、人の心を変える。疲れた心を癒し、新しい一日への活力を与える。友人との会話を弾ませ、恋人との時間を特別なものにする。
大塚は今でも、時々恵比寿の本店に立つ。お客様にコーヒーを淹れながら、彼は思い出す。25歳の失意の日々を。資本金ゼロで始めた小さな店を。赤字続きの1年半を。そして、コーヒー一杯で多くの人を幸せにできることの喜びを。
「コーヒーには、不思議な力があるんです」
大塚は笑顔で語る。
「たった一杯が、人と人をつなぎ、幸せを生み出す。それを信じて、これからも最高のコーヒーを届けていきたい」
店内では、今日もバリスタが丁寧にコーヒーを淹れている。お客様は期待に満ちた表情で待っている。やがて運ばれてくる一杯。立ち上る湯気と香り。最初の一口。
「ああ、幸せ」
そんな声が、今日もどこかの猿田彦珈琲で聞こえている。
エピローグ:新しい物語の始まり
2026年初春、京都祇園。
古都に新しい風が吹く。八坂神社の近く、漢字ミュージアムの中に、猿田彦珈琲の新しい店舗が誕生する。
東京で生まれた夢が、ついに千年の都に届く。恵比寿の小さな店から始まった「幸せの物語」は、祇園の街角でも語り継がれることになる。
観光客も、地元の人々も、同じカウンターで肩を並べ、同じ一杯を味わう。国籍も年齢も関係ない。コーヒーの前では、誰もが平等に幸せになれる。
大塚朝之が夢見た世界。それは、コーヒー一杯が世界を変えるという、シンプルで力強い信念だった。
俳優への夢が潰えた25歳の青年が、スターバックスで飲んだ一杯のコーヒーに運命を感じてから、約20年。その青年は今、日本中に、そして世界に、幸せを届け続けている。
京都祇園の新しい店舗は、猿田彦珈琲の次の章の始まりを告げる。そこでは、また新しい物語が生まれるだろう。
コーヒーを通じて、人々をつなぎ、幸せを生み出す。
その物語は、これからも続いていく。
猿田彦珈琲 京都祇園
- 所在地:京都市東山区四条通大和大路東入祇園町南側(漢字ミュージアム内)
- オープン予定:2026年初春
- アクセス:京阪「祇園四条」駅から徒歩約5分、阪急「京都河原町」駅から徒歩約8分
- 店舗面積:約97㎡
- 特徴:京都限定ブレンド、特別メニュー、オリジナルグッズを展開予定
現在の猿田彦珈琲
- 国内店舗数:28店舗(2025年11月時点)
- 海外店舗:台湾に展開
- コンセプト:「たった一杯で、幸せになるコーヒー屋」
- 特徴:スペシャルティコーヒー専門店、ダイレクトトレード、自社焙煎
公式サイト:https://sarutahiko.co/
この物語は、一杯のコーヒーから始まった。 そして、一杯のコーヒーで、世界は少しずつ変わっていく。 あなたも、その物語の一部になりませんか?



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