プロローグ:一杯のコーヒーから始まった革命
2011年、ソウルの小さなオフィスで、一人の起業家が伝統的なコーヒー焙煎機を見つめながら考えていた。「なぜ、カフェオーナーたちは自分たちの店で新鮮なコーヒーを焙煎できないのだろう?」その人物こそ、Stronghold Technology社の創業者でありCEOのウ・ジョンウク(Jason Woo)氏である。彼の問いかけは、やがてコーヒー業界全体を揺るがす革命へと発展していくことになる。
当時のコーヒー焙煎は、大型のガス式焙煎機を使用する大規模な焙煎所の専売特許だった。小さなカフェオーナーたちは、焙煎された豆を仕入れるしか選択肢がなく、自分たちのオリジナルブレンドを作る夢は、まさに夢物語だった。しかし、Jason Woo氏は違った未来を描いていた。彼は、テクノロジーの力で、すべてのカフェオーナーがマスターロースターになれる世界を想像していたのだ。
第一章:逆転の発想から生まれた縦型革命
Strongholdの挑戦は、業界の常識を覆すところから始まった。従来の焙煎機は水平方向にドラムが回転する構造が当たり前だった。しかし、Jason Woo氏と彼のチームは、まったく異なるアプローチを選んだ。それが「縦型タワードラム」という革新的な設計である。
なぜ縦型なのか?その答えは、効率性と精密さの追求にあった。縦型構造により、熱の損失を最小限に抑え、5層構造の断熱システムによって焙煎中の温度安定性を最大化することができたのだ。この設計により、従来の横型ドラムでは実現できなかった精密な温度管理が可能になった。
さらに画期的だったのが、ガスを完全に排除した全電動システムの採用である。Stronghold焙煎機は、対流、放射、伝導という3つの熱源を独立して制御できるトリプルヒートシステムを統合している。これは業界では前例のない技術だった。従来のガス式焙煎機では不可能だった、繊細な熱コントロールがついに実現したのである。
Jason Woo氏は当時の想いをこう語っている。「初心者であっても、簡単な数値を読むことができれば、どんな焙煎エキスパートのようにコーヒーを作ることができます」と。彼のビジョンは明確だった。テクノロジーによって、焙煎という芸術を民主化することだったのだ。
第二章:「コーヒー焙煎のテスラ」を目指して
Strongholdは自らを「コーヒー焙煎機のテスラ」と位置づけている。自動運転車がセンサー、アルゴリズム、データ通信によって統合されたAIマシンであるように、Stronghold焙煎機もまた、同様の哲学で設計されているという。
この哲学を具現化したのが、Stronghold独自のスマートロースティングシステムである。各焙煎機には大型のAndroidベースのタッチスクリーンが搭載され、生豆の表面温度と内部温度、さらには温度変化率までリアルタイムで表示される。わずかな要因でも味に影響を与えるため、詳細な測定値が提供されるのだ。
しかし、真の革新は「オートレプリケーション(自動再現)」機能にあった。一度完璧な焙煎プロファイルを作成すれば、環境の変化に自動的に調整を加えながら、同じ品質の焙煎を何度でも再現できる。まさに、「優れた風味を一度実現することは可能だが、重要なのは同じ風味を繰り返し再現できるかどうか」というJason Woo氏の信念が形になったものだった。
毎日、世界中のStronghold焙煎機から収集されるデータは、同社のクラウドシステムに蓄積され、AIアルゴリズムの更新に使用される。「焙煎はデータとともに進化するAI技術です」とWoo氏は語る。つまり、Stronghold焙煎機は使えば使うほど賢くなっていくのだ。
第三章:Stronghold Squareが生んだグローバルコミュニティ
2019年、Strongholdはさらなる革新を発表した。それが「Stronghold Square」というプラットフォームである。これは単なる技術ではなく、コーヒー愛好家たちの知識を共有するコミュニティを創造する試みだった。
Stronghold Squareは、焙煎プロファイルを共有するウェブベースのプラットフォームだ。世界中のロースターたちが自分の焙煎プロファイルをアップロードし、他のユーザーがそれをダウンロードして自分の焙煎機で使用できる。詳細なプロファイルグラフ、熱源制御ステップ、コメント機能、SNSシェア機能まで備えている。
想像してみてほしい。世界バリスタチャンピオンの秘密の焙煎レシピをダウンロードし、自分のカフェで再現できるとしたら?これはまさに、コーヒー業界における「知識の民主化」だった。
「Squareは、誰もが簡単に焙煎できる環境を構築するために開発されたプロファイル共有プラットフォームです」とJason Woo氏は説明する。このプラットフォームは無料で誰でもアクセスでき、プロファイルのアップロード、ダウンロード、共有ができる。将来的には、エキスパートが自分のプロファイルに課金できる仕組みも検討されているという。
韓国のカフェオーナー、Phil Kim氏は、ソウルの小さなベーカリーカフェで窓際に設置されたS7を使用している。数年前までは、このようなビジネスモデルは彼にとって不可能だった。しかし今、彼は週に数回、700グラムのバッチを焙煎し、自分だけのオリジナルブレンドを客に提供している。
第四章:世界への扉を開く
2017年、StrongholdはついにアメリカSCA Expoにデビューを果たした。S7 Proを引っ提げての登場は、業界に大きな衝撃を与えた。世界バリスタチャンピオンであるヒデノリ・イザキ氏やジェームス・ホフマン氏など、コーヒー界の著名人たちからの支持を受けていた。
当初、韓国国内で600人のユーザーを獲得していたStrongholdだが、そのほとんどが焙煎未経験者だった。これこそが、Strongholdの真の強みだった。経験がなくても、誰でも高品質な焙煎ができる。そのシンプルさと革新性が、アメリカ市場でも注目を集めたのである。
ヒューストンを拠点とするRoastronixのCEO、Arash Hassanian氏は、Strongholdのアメリカ独占代理店として、ユニークなビジネスモデルを展開している。月額わずか450ドルでStronghold焙煎機をリース可能にし、生豆の供給だけでなく、サポートとユーザートレーニングも提供しているのだ。この新しいモデルは、小規模なカフェオーナーたちにとって夢のようなソリューションとなった。
第五章:世界チャンピオンシップでの栄光
Strongholdの技術力は、世界最高峰のステージで証明されることになる。2015年から、Strongholdは世界コーヒーロースティング選手権(WCRC)の公式サンプルロースターを務め、2022年から2023年にかけては、アメリカロースター選手権の公式マシンに選ばれた初の電動焙煎機となった。
そして2024年、Strongholdはさらなる栄誉を獲得する。2024年から2027年までのWCRC公式プロダクションローストスポンサーに選出されたのだ。サンプルロースターから本番用の生産ロースターへの昇格は、Strongholdの技術が世界最高水準であることの証明だった。
世界チャンピオンのロースターたちも、Strongholdの技術を高く評価している。2023年からStrongholdアンバサダーを務めるBenjamin Put氏は、「Strongholdの技術は、一貫性を保つ能力を提供します。これこそが、偉大なロースターと普通のロースターを分けるものです」と語る。
韓国、中国、ノルウェー、オーストリアなど、世界各国の国内ロースティング選手権でもStrongholdは公式ロースターとして採用されている。技術と信頼性が、グローバルな評価を得た瞬間だった。
第六章:進化し続けるプロダクトライン
Strongholdの製品ラインナップは、創業以来着実に進化を遂げてきた。それぞれのモデルは、異なるニーズに応える設計となっている。
S7シリーズ:小規模カフェの革命
S7シリーズは、Strongholdの代名詞的存在である。150〜850グラムのバッチ容量を持ち、小規模カフェに最適な設計だ。S7 Pro、S7Xといったバリエーションがあり、後者にはX-Lensというリアルタイム温度監視システムやドラムヒーターなどの先進機能が追加されている。
コンパクトな設計ながら、すべての先進技術が詰め込まれている。縦型タワードラム、トリプルヒートシステム、背面の小型スモークフィルターにより、非焙煎施設でも排気や煙の問題を効果的に処理できる。まさに、カフェオーナーたちが待ち望んでいた製品だった。
S9X:生産規模への対応
大規模焙煎を求める顧客のために開発されたのがS9Xである。1回のバッチで3〜8キログラムの焙煎が可能で、特許取得済みのトリプルヒートシステムを採用し、対流、伝導、放射熱を組み合わせて均一な豆の発達と優れた焙煎の一貫性を実現している。
S9Xは、卸売業務を行う焙煎所向けの本格的な生産機だ。しかし、その基本設計はS7と同じ哲学に基づいている。精密さと再現性、そして使いやすさを決して犠牲にしない設計思想が貫かれているのだ。
S8X:成長する店舗のために
2025年、StrongholdはS7とS9Xの間を埋める中型モデル、S8Xを発表した。4.5キログラムの容量を持つS8Xは、忙しいカフェや少数の卸売アカウントを持つ店舗に最適な設計だ。7〜8分で10ポンド(約4.5キログラム)のコーヒーを焙煎できる。
Arash Hassanian氏は語る。「非常に忙しいカフェや、いくつかの卸売アカウントを持つ店舗を簡単に扱えるサイズが必要だと気づきました」。S8Xは、成長する店舗のニーズに完璧に応える製品となった。
S2:家庭用の新たなフロンティア
最新の挑戦が、家庭用および小規模サンプルロースター向けのS2である。80〜350グラムの容量を持つこのコンパクトな機種は、プロフェッショナルなサンプルロースターまたは高級家庭用ロースターとして設計されている。
S2の魅力は、大型モデルと同じ技術を搭載していることだ。「サンプルロースティングで、生産環境への移行が難しいもので焙煎することはありません」とHassanian氏は説明する。家庭で週に一度焙煎すれば、1週間分のコーヒーが手に入る。プロと同じクオリティを、自宅で楽しめる時代が到来したのだ。
第七章:環境への配慮と持続可能性
Strongholdの革新は、単なる技術革新にとどまらない。環境への配慮も、同社の重要な使命の一つである。
全電動システムの採用により、ガスの燃焼がまったくなく、排出ガスもゼロだ。設置や運用もより安全で、カフェオーナーにとってのハードルが大幅に下がった。従来のガス式焙煎機では、高額な排気設備や厳しい安全規制への対応が必要だったが、Strongholdならそれらの心配は不要である。
「Strongholdでは、環境と持続可能性の目標を念頭に置いて、焙煎技術の限界を押し広げることに専念しています」とJason Woo氏は語る。全電動商業焙煎の時代を切り開くことで、コーヒー業界全体の持続可能性に貢献しているのだ。
第八章:リアルストーリー:オーナーたちの証言
理論だけでなく、実際の現場でStrongholdはどのように活躍しているのか。世界中のカフェオーナーたちの声を聞いてみよう。
ポートランドのThe Mark Spencer Hotelのオーナー、Alix Nathan氏のケースは印象的だ。コーヒーコンサルタントのWill Frith氏は、Nathan氏のホテルにS7 Proを導入する手伝いをした。「恋に落ちるのに時間はかかりませんでした」とFrith氏は振り返る。数週間のうちに、彼はThe Mark Spencer用に美味しいプロファイルを開発することができた。
Frith氏自身も、自身のBuilding Coffeeで4年間Strongholdを使用している。「マシンは本当にメンテナンスが少なく、何年も問題なく動作します。通常の生産機に伴う軽微な摩耗以外、問題はありませんでした」と彼は証言する。
ソウルのカフェオーナーたちも、Strongholdによって新たなビジネスモデルを実現している。以前は大型焙煎所の卸売顧客になるしかなかったが、今では店頭で客と会話しながら、数歩歩いて自分でコーヒーを焙煎できるようになった。Strongholdが描いた未来が、現実のものとなっているのだ。
第九章:グローバル展開とパートナーシップ
Strongholdの影響力は、韓国から世界へと広がっている。2011年に韓国で設立され、2017年にS7でアメリカ市場に初参入して以来、同社は着実にグローバル展開を進めてきた。
2012年に中国市場に参入し、その後アメリカ、イギリス、メキシコ、オーストラリアなど約20カ国に輸出を拡大している。特に中国では、国内第2位のコーヒーフランチャイズであるGreyboxや無人カフェなどへの納入実績がある。急成長するコーヒー市場を持つ中国での大量購入も期待されている。
ヨーロッパでは、ポーランドに本拠を置くCMSaleがヨーロッパ最大の代理店となり、ポーランド、ドイツ、オーストリア、スイス、チェコ、スロバキア、リトアニアをカバーしている。ヨーロッパ唯一のショールームでは、S7Pro、S8X、S9Xの3モデルすべてで焙煎体験が可能だ。
技術パートナーシップも重要な戦略の一つである。2020年には、カリフォルニアに拠点を置くColorTrackと提携し、ロースト色分析技術を統合した製品開発を進めている。また、スターバックスやバーガーキングの親会社であるRestaurant Brands International(RBI)との技術提携の話し合いも進められている。
第十章:教育とコミュニティ構築
Strongholdは、単に機械を売るだけでなく、教育とコミュニティ構築にも注力している。
2023年、世界チャンピオンのロースターBenjamin Put氏と協力し、オンライン教育プラットフォーム「unspecialty edu」で包括的な焙煎コースを開発した。これは、Strongholdマシンを使用するロースター向けに特別に設計されたコースで、基本から始まり、さまざまな生豆の特性に合わせた焙煎技術を習得できる内容となっている。
Put氏は世界ロースティング選手権で優勝した経験を持ち、カナダやスイスなど各国のナショナルチャンピオンのコーチも務めている。彼の哲学と専門知識がパッケージ化されたこのコースは、Stronghold投資した人々が時間を節約し、学習プロセスでの失敗を減らすための貴重な機会となっている。
さらに、Stronghold Squareプラットフォームを通じて、世界中のロースターたちが知識を共有し、互いに学び合うグローバルコミュニティが形成されている。初心者からチャンピオンまで、あらゆるレベルのロースターが参加するこのコミュニティは、コーヒー業界の民主化という創業者の理念を体現している。
エピローグ:新しい時代の幕開け
2025年現在、Strongholdは700以上の拠点で使用され、15カ国以上に展開している。しかし、彼らの旅はまだ始まったばかりだ。
Jason Woo氏は、将来の収益モデルとして、焙煎機の販売からODM(Original Development Manufacturing)へのシフトを計画している。個々のカフェに合わせてカスタマイズされた豆を焙煎し、直接出荷する。江原道に建設中の工場には約100台の焙煎機が設置され、このビジョンを支える予定だ。
これまでの資金調達も順調だ。SoftBank Ventures、Korea Investment Partners、Intervest、Kolon Investmentなどの投資家から約170億ウォン(約1,520万ドル)を調達し、昨年の売上高は70億ウォン(約630万ドル)を記録した。今年は100億ウォンの売上高と10%の営業利益を目標としている。
しかし、数字以上に重要なのは、Strongholdが実現した夢である。かつて大規模な焙煎所の専売特許だった新鮮な自家焙煎コーヒーを、今では小さなカフェオーナーが自分の店で提供できるようになった。技術の民主化によって、世界中のコーヒー愛好家たちが自分だけのオリジナルブレンドを創造できるようになったのだ。
2011年、ソウルの小さなオフィスで始まった一人の起業家の夢は、今や世界中のカフェで新鮮なコーヒーの香りとなって広がっている。Strongholdの物語は、テクノロジーが人々の夢を現実に変える力を持つことを証明している。
そして、この物語はまだ続いている。S2の一般発売、新たな市場への展開、さらなる技術革新。Strongholdの挑戦は、コーヒーを愛するすべての人々に、新たな可能性を開き続けている。
あなたの地域のカフェでも、もしかしたら窓際にStrongholdの焙煎機が置かれているかもしれない。その美しい縦型タワーの中で、生豆が焙煎され、店主のこだわりが一杯のコーヒーとなって提供される。それは、Jason Woo氏が描いた未来が、今ここに実現している証なのだ。
参考文献
- Daily Coffee News: Stronghold社の製品発表とアメリカ市場展開
- Specialty Coffee Association: WCRC公式スポンサー発表
- The Korea Economic Daily: Jason Woo CEOインタビュー
- Sprudge Coffee: SCA Expo現地レポート
- Will Frith: Strongholdユーザー体験記



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