プロローグ:ドイツ国境近くの小さな町で
オランダ東部、ゲルダーランド州ウルフト。ドイツ国境まで徒歩わずか30分のこの小さな町に、世界中のコーヒーロースターが憧れる焙煎機を作る工場がある。
アムステルダムから電車とバスを乗り継いで3時間以上。地元の人々は、この地域を「アハターフーク(後ろの隅)」と呼ぶ。オランダの片隅、忘れられたような場所。しかし、ここで作られる焙煎機は、世界の最先端を走っている。
ある秋の寒い日、馬が毛布をまとい、ヒマワリがしおれた風景の中を、一人のジャーナリストが訪れた。2年間のメール、電話、そしてコーヒーフェスティバルでの粘り強い交渉の末に、ようやく実現したギーセン本社への訪問だった。
ショールームの窓からは、工場の生産ラインが見渡せる。そこで彼が目にしたのは、単なる機械製造工場ではなく、家族の夢と情熱が形になった物語だった。
第一章:金属加工会社からの転身
時は1988年。カリン・バッシンクの父親が、金属加工会社「デ・エイク(De Eik)」を設立した。
この会社は、様々な金属製品を製造していた。そして興味深いことに、近くにあるドイツの名門プロバット社の焙煎機工場のために、部品を製造していたのだ。毎日、工場では鉄を切り、溶接し、研磨する音が響いていた。
カリンは、ウィルフレッド・ギーセンと結婚した。そして父親の死後、夫婦は会社を引き継いだ。
ウィルフレッドは、長年にわたって焙煎機の部品を製造してきた経験から、あることに気づいていた。「焙煎機の構造は、もっと改良できる。もっと良いものが作れるはずだ」。
彼には、野望があった。自分の名前を冠した焙煎機を作ること。それは、単なるビジネスではなく、職人としての誇りと情熱から生まれた夢だった。
2006年──運命の年が訪れた。
ウィルフレッドは決断した。金属加工会社を、コーヒー焙煎機メーカーへと完全に転換する。そして、最初の製品「W6」を世に送り出した。6キログラムの豆を一度に焙煎できる、小型から中型のロースタリーに最適な焙煎機だった。
これが、ギーセン・コーヒー・ローステッドの始まりだった。
第二章:コーヒーショップという実験室
2008年。ウィルフレッドとカリンは、大胆な決断をした。
近くの町ドゥーティンヒェムに、自分たちのコーヒーショップ「コフィブランデライ・ヴェネツィエ(Koffiebranderij Venetië)」を開いた。息子のデイヴィーは後に語る。「両親は、この分野でどうあるべきかを示したかったんだ」。
このショップは、単なるカフェではなかった。それは、ウィルフレッドが開発した初期の焙煎機をテストする実験室であり、ギーセンの顧客たちにロースタリー運営のリアルなレッスンを提供する場だった。
しかし、時間が経つにつれて問題が生じた。
「焙煎機の製作がどんどん上手くなってきて、ロースタリーを運営する時間がなくなった」とデイヴィーは説明する。「工場にエネルギーを注ぎたかったんだ」。
約8年後、彼らはショップを売却した。しかし、このショップは今も営業を続けている。そして驚くべきことに、現在のオーナーは、ウィルフレッドが最初に設置したオリジナルのW6Aを今も使い続けている。
それは、ギーセン焙煎機の耐久性と品質を証明する、生きた証だった。
第三章:世界チャンピオンの選択
2016年、上海。
世界コーヒーロースティング選手権(WCRC)の会場に、一人のルーマニア人ロースターがいた。アレクサンドル・ニクラエ。彼は、自分の夢を実現しようとしていた。「世界チャンピオンになること」。
アレクサンドルの道のりは、決して平坦ではなかった。
2014年、彼はナショナル・ブリューワーズ・カップで優勝した。しかし世界選手権では16位。「トップ6に入るには、自分でコーヒーを焙煎しなければならないと悟った」。彼は焙煎を始めたが、思っていたよりもずっと難しかった。
2015年、ヨーテボリでの世界選手権でも、8位止まり。しかし彼は諦めなかった。彼は決断した。「焙煎について学んだすべてを忘れ、心を開こう」。
そして2016年、彼は友人のロースタリーを訪れ、ギーセンW6Aを試した。
「様々な焙煎機で焙煎してきたけれど、ギーセンW6Aが最高だった」。
彼は、赤外線ビーンプローブや最新のソフトウェアを備えたW6Aを購入した。そして、その機械で優勝を果たした。
アレクサンドルの腕には、今も特別なタトゥーが刻まれている。半分はドクロ、半分はコーヒー焙煎機。そして中国語で「世界冠軍(世界チャンピオン)」の文字。彼の人生で最高の瞬間を、永遠に記憶するために。
第四章:チャンピオンを量産する焙煎機
2016年のアレクサンドルの優勝は、始まりに過ぎなかった。
2019年、台湾での世界選手権。ロシアのアルセニー・クズネツォフが優勝。2位はルーマニアのボグダン・ゲオルゲスク、3位はポーランドのマテウス・カルチェフスキ。彼ら全員が、ギーセンW6Aで焙煎した。
2022年、ミラノでの世界選手権。オーストリアのフェリックス・タイレツバッハーが優勝。「ffffffelis Teeesdenbragga!(フェリックス・タイレツバッハー)」──アナウンサーが名前を呼んだとき、彼は自分の耳を疑った。「大きな音で…最初は正しく聞こえたかわからなかった。みんなが私を見ていて、足がもつれそうになった」。
彼もまた、ギーセンW6で練習し、本番で使用した。
2023年、台北での世界選手権。インドネシアのタウファン・モコギンタが優勝。ギーセンW6Aは、再び公式生産用焙煎機として採用された。
数字は雄弁だ。ギーセンW6シリーズの焙煎機は、10人以上の世界チャンピオンを輩出している。
なぜ、世界中のトップロースターたちは、ギーセンを選ぶのか?
答えは、使いやすさ、信頼性、そして一貫性にあった。
第五章:「プラグ・アンド・プレイ」の哲学
ギーセンの焙煎機には、独特の哲学がある。
「プラグ・アンド・プレイ」──つまり、プラグを差し込めば、すぐに使える。複雑な設定や、長時間のトレーニングは不要。初めて触れた人でも、直感的に操作できるように設計されている。
2015年、ノースカロライナ州ダーラムのカウンター・カルチャー・コーヒーがカリフォルニア州エメリービルに新工場を開設したとき、彼らはギーセン・ペレグリン(70kg容量)を選んだ。
ヘッドロースターのベン・ホーナーは、2トンの焙煎機が到着したとき、驚愕した。「説明書なしで、ほぼ一人で重いコンポーネントを組み立てることができた」。
タッチスクリーンインターフェース。プログラム可能な焙煎プロファイル。包括的なデータロギング。ドラム速度の可変制御。温度は0〜250℃まで精密に制御可能。エアフローは80〜150パスカルの範囲で調整可能。
そして何より重要なのは、Cropsterなどの業界標準ソフトウェアとの互換性だ。イーサネットケーブル一本で接続するだけで、すべてのデータが記録され、分析され、再現可能になる。
世界選手権でギーセンが採用され続ける理由は、ここにあった。ロースターは、機械の操作に神経をすり減らすことなく、コーヒーの品質に集中できる。
第六章:カスタマイズという芸術
ギーセンの工場を訪れた人々が驚くのは、焙煎機の多様性だ。
倉庫の棚には、修理用の予備部品が整然と積み重ねられている。蛍光灯に照らされたオフィスには、24時間サポートスタッフが常駐し、6大陸からの電話、メール、Skypeコールに対応している。
そして、ショールームには様々な色の焙煎機が並んでいる。
ギーセンの焙煎機は、クラシックでエレガントなブラックエディションが標準だ。しかし、顧客は好きなRALカラーを選ぶことができる。ボディの塗装色、屋根の色、アクセントカラー、木材のスタイル、さらには一部のモデルでは冷却シーブの縁まで──すべてカスタマイズ可能だ。
アイスランド・レイキャビクのカフィスミージャ・アイランドは、ホットピンクの1キロと6キロのギーセン焙煎機を購入したことで有名になった。それは、単なる機械ではなく、ブランドアイデンティティを表現するアート作品だった。
最近、マーケティング部門の新しいスタッフが、ギーセンのロゴをあしらったTシャツコレクションを展開し始めた。黒いVネック、フクシアピンクのW6のアウトラインにスワッシュ体のフォントで「Giesen」の文字。
セールスマネージャーのデ・ボーアは言う。「これが飛ぶように売れるんだ──みんな『Giesen』と書かれたTシャツが欲しいんだよ。イベントが終わる時には、これらの商品を片付けなければならない。過去にエキスポ参加者がロースターのハンドルを盗んだことがあるからね」。
それは、ブランドへの愛情の証だった。
第七章:ウルフトの町の誇り
ウルフトには、特別な財団がある。「スティヒティング・オースターク(Stichting Oersterk)」。
共同創設者のミシェル・ヴェットには、障害を持つ息子がいた。彼は、息子のために有意義な日中活動の場を探していた。大規模な施設に送りたくなかった。だから、2人のパートナーとともに、自分で財団を設立することにした。
インターネットで調べていたとき、彼らはコーヒー焙煎という活動を発見した。「コーヒー焙煎には、特別な支援が必要な人々が非常にうまく実行できる様々なタスクが含まれている。そして、それは独創的な解決策でもある」とミシェルは語る。
2014年9月、オースタークが設立され、コーヒー焙煎が若い障害者たちの日中活動となった。
焙煎は、彼らにとって全く新しい世界だった。財団設立の数ヶ月前、彼らは高品質の焙煎機を探し始めた。そして、驚くべき偶然に気づいた──ギーセンの工場は、同じ町にあったのだ。
ミシェルはウィルフレッド・ギーセンに相談し、焙煎機の設定について学んだ。「ギーセン工場で25kg焙煎機を使ってテストロースティングができた。これにより、焙煎機の設定に慣れることができ、新しいショップを最初から新鮮な焙煎コーヒーで満たすことができた」。
「何度かの試行期間の後、今では良いミディアムローストを作る正しい設定があり、コーヒーの品質が一定であることが保証されている」とミシェルは説明する。「私たちの障害を持つクライアントは、一日中多くのタスクを実行する。彼らはグリーンビーンズを6キログラムのポーションに準備するので、フルバッチで焙煎できる」。
2016年、オースタークはW6Aを購入した。
なぜギーセンを選んだのか?ミシェルは答える。「良い焙煎機を作っているし、私たちの場合、彼らが非常に近くにいることは非常に便利だ。問題が発生したら、彼らはすぐそこにいる。ギーセンとは良い経験をした。彼らは私たちに寄り添い、設定を習得するのを本当に助けてくれた。だから今、私たちはクライアントと一緒にかなり簡単にコーヒーを焙煎し、一定の品質を維持できる」。
ウルフトの小さな町で、ギーセンは単なる焙煎機メーカーではなかった。それは、コミュニティの一部だった。
第八章:日本からの証言
京都のKurasu。日本のスペシャルティコーヒー界で高い評価を受けるこのロースタリーは、以前はギーセン社の焙煎機を使用していた別の焙煎機からギーセンに切り替えた。
ヘッドロースターのコウスケは、その変化について語る。
「品質管理がまったく違う体験になった。機械の容量は物理的に6倍に増えた。以前の焙煎機で35kgを焙煎するには6バッチ必要だったが、今は一度で全部焙煎できる」。
しかし、彼が最も驚いたのは、別の点だった。
「まったく同じ豆で同じ焙煎プロファイルを使って連続で焙煎しても、各バッチは決して完全に同じにはならない。時には良くなり、時には逆になる。しかし、私たちの仕事は、これらのバッチ間の差異を最小限に抑えることだ。そして、それが実は心理的に最も疲れる作業なのだ」。
ギーセンは、その再現性の高さにより、ロースターを精神的負担から解放した。
コウスケは続ける。「以前使っていた焙煎機は半熱風式、ギーセンは完全熱風式。科学的にどうしてそうなるのかは専門外だが、これが結果の違いを生んでいるはずだ。再現性を向上させ、可能な限り多くのタスクを効率化することで、ギーセンはコーヒーロースターに理想のコーヒーを追求する時間を提供している」。
それは、機械が人間を支え、人間がコーヒーに集中できる環境を作る──ギーセンの本質を表す言葉だった。
第九章:2025年、新たなるスタート
2025年5月。ギーセン・コーヒー・ローステッドは、大きな決断を発表した。
社名を「ギーセン・ロースティング・ソリューションズ(Giesen Roasting Solutions)」に変更したのだ。
この名称変更は、単なるリブランディングではなかった。それは、会社の進化を反映していた。伝統的なドラム焙煎機だけでなく、大規模な産業用機器、電気加熱ソリューション、カスタム焙煎ソフトウェアまで──ギーセンは、総合的な焙煎ソリューションプロバイダーへと成長していたのだ。
新しい「G」ロゴは、ギーセンの伝統的な商業用ドラム焙煎機の特徴的な形状──ドラムのアーチの上に湾曲した四面ホッパー──を参照している。
会社は声明で述べた。「ギーセン・ロースティング・ソリューションズの中心には、私たちのブランド価値への深いコミットメントがある──オランダのデザインと職人技。これらの原則は、まさに最初から私たちの旅を導いてきたものであり、私たちが行うすべてのことを形作り続けている」。
30年以上前に金属加工会社として始まり、2006年に焙煎機製造に完全転換してから約20年。ギーセンは、今や世界60カ国以上で使用される、グローバルブランドへと成長した。
しかし、その本質は変わっていない。
ウルフトの小さな工場で、熟練した職人たちが一台一台、手作業で焙煎機を組み立てている。各機械は個別にテストされ、ヨーロッパ製の最高品質の鋼鉄と鋳鉄で作られている。
第十章:バービーハウスサイズの夢
ショールームには、特別な展示品がある。
2016年、ウィルフレッドの50歳の誕生日を記念して作られた、バービーハウスに収まるサイズの焙煎機だ。完璧なディテールで作られた、文字通り「人形の家にぴったりの」小さな焙煎機。
これは、単なるノベルティではなかった。それは、ギーセンの精神を象徴するものだった。
どんなに小さくても、どんなに大きくても、ギーセンは品質を妥協しない。遊び心と真剣さを両立させる。そして何より、家族の絆と情熱を大切にする。
息子のデイヴィーは、今やITと経営学を学びながら、会社の日常業務を手伝っている。彼のコーヒー教育は、両親が経営していた小さなロースタリーとショップで働いた1年間から始まった。
第二世代、第三世代へと、技術と情熱が受け継がれている。
ウルフトの工場には、今日も世界中からの注文が届く。韓国、中国、ドイツが主要市場だ。しかし、イランやシリアにも焙煎機が出荷されている。2018年からは、ペンシルバニアを拠点とする代理店を通じて、アメリカ市場への展開も本格化した。
W6Aは、今も最も人気のあるモデルだ。次いで、外部サイクロンを備えたW15A。そして、サンプルロースティング用のWP1。
すべての焙煎機が、同じ理念のもとに作られている。「ユーザーフレンドリーで、信頼性が高く、ロースターに他のどの焙煎機よりも多くのコントロールを提供する技術」。
エピローグ:世界を繋ぐ焙煎機
2008年にオープンした「コフィブランデライ・ヴェネツィエ」は、今も営業を続けている。
新しいオーナーは、ウィルフレッドが最初に設置したW6Aを、今も大切に使い続けている。17年前の焙煎機が、今日も完璧に動作している。
それは、ギーセンの品質を証明する、生きた証だ。
ウルフトの小さな町から、世界中に広がったギーセンの焙煎機。それぞれの機械の中に、ウィルフレッドとカリンの夢が込められている。プロバット社の部品を作っていた小さな金属加工会社が、今や10人以上の世界チャンピオンを生み出す焙煎機メーカーになった。
あなたが次にコーヒーを飲むとき、それがギーセンで焙煎されたものなら、少し考えてみてほしい。
その一杯の背後には、オランダの小さな町の家族の物語がある。父親の会社を受け継ぎ、夫の夢を信じた妻。自分の名前を冠した焙煎機を作りたかった職人。障害を持つ人々に仕事を提供したいと願った地域住民。そして、世界チャンピオンを目指した無数のロースターたち。
ギーセンは、単なる焙煎機ではない。
それは、情熱、品質、そしてコミュニティの物語だ。ドイツ国境近くの「後ろの隅」から、世界を変えた物語。家族経営の小さな工場が、グローバルブランドになった物語。
しかし、その本質は変わらない。一台一台、手作業で。心を込めて。そして、次の世代へと受け継がれていく。
それが、ギーセンの焙煎機に込められた、真の価値なのだから。
参考文献:
- Giesen Roasting Solutions公式ウェブサイト
- Sprudge Coffee記事(ギーセン工場訪問レポート)
- Cropster(世界コーヒーロースティング選手権記事)
- Daily Coffee News
- Green Plantation
- Kurasu Journal
- 各種コーヒー業界メディア



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