はじめに
カフェで飲むコーヒー1杯の値段は350円から600円程度が一般的ですが、その原価はいったいいくらなのでしょうか。「こんなに高いのに原価は安いのでは?」と感じたことがある方も多いはず。今回は、日本と海外のカフェにおけるコーヒーの原価構造を詳しく解説し、なぜこの価格設定になっているのかを明らかにしていきます。
コーヒー豆の原価:グレードによる違い
日本のカフェにおけるコーヒー豆の原価
カフェで提供されるコーヒーの原価を考える上で、まず重要なのがコーヒー豆のグレードです。日本のカフェで使用される豆は、大きく3つのグレードに分類されます。
コモディティコーヒー 一般的なカフェで最も多く使用されているのがコモディティコーヒーです。1kgあたり2,800円前後で仕入れることができ、1杯あたりに使用する豆の量を12.5gとすると、豆だけの原価は約35円となります。350円で販売した場合、豆の原価率は10%という計算になります。
プレミアムコーヒー 品質を重視するカフェでは、1kgあたり4,000円から5,000円のプレミアムコーヒーを使用します。この場合、1杯あたりの豆の原価は50円から62.5円程度となり、450円で販売すると原価率は11%から14%程度になります。
スペシャルティコーヒー 最高級のスペシャルティコーヒーの場合、1kgあたり6,000円前後と高額ですが、こだわりのカフェではこうした豆を使用することで差別化を図っています。1杯あたりの原価は75円程度となり、500円で販売した場合でも原価率は15%となります。
自家焙煎コーヒー専門店の場合
自家焙煎を行う専門店では、生豆の状態で仕入れることでコストを大幅に削減できます。スペシャルティグレードの生豆を1kgあたり1,500円で仕入れ、焙煎後に15%の目減りを考慮すると、焙煎後1kgあたり1,765円となります。
1杯15gを使用して500円で販売した場合、1杯の原価は約26.5円となり、原価率はわずか5.3%という驚異的な数字になります。これは自家焙煎店が高い粗利益率を実現できる大きな理由となっています。
コーヒー1杯の総原価:豆以外のコスト
コーヒー豆の原価だけではコーヒーは提供できません。実際の総原価には以下の要素が含まれます。
消耗品のコスト
カップ・蓋・スリーブ アメリカのカフェの例では、紙カップが1個あたり10セント(約15円)、蓋が5セント(約7.5円)、スリーブが5セント(約7.5円)で、合計20セント(約30円)程度かかります。日本でも同様に、テイクアウト用の消耗品で15円から25円程度のコストが発生します。
砂糖・ミルク・おしぼり・ナプキン これらの付属品を含めると、さらに10円から15円程度のコストが加算されます。
ラテやカプチーノの場合のミルクコスト
エスプレッソベースの飲料では、ミルクのコストも重要です。アメリカの例では、1ガロン(約3.8リットル)のミルクから約10杯の12オンス(約350ml)ラテが作れ、1杯あたりのミルクコストは約21セント(約31円)となります。日本でも同様に、1杯あたり30円から40円程度のミルクコストが発生します。
エスプレッソの原価
エスプレッソの場合、1ポンド(約450g)のコーヒー豆から約32ダブルショットが抽出できます。豆の価格を8ドル(約1,200円)とすると、1ダブルショットあたり25セント(約37円)となります。
フレーバーシロップ
750mlボトルのフレーバーシロップが4.5ドル(約675円)で、1杯あたり1.25オンス(約37ml)使用すると、1杯あたり22.5セント(約34円)のコストがかかります。
16オンスフレーバーラテの総原価例
アメリカの例では以下のようになります:
- カップ関連:20セント(約30円)
- ミルク:21セント(約31円)
- エスプレッソ:25セント(約37円)
- フレーバーシロップ:22.5セント(約34円)
- 合計:約89セント(約133円)
日本の一般的なカフェでは、同様の計算で1杯あたり100円から120円程度が材料費としての総原価となります。
日本のカフェにおける原価率の実態
飲食店の原価率の目安
一般的に飲食店の原価率は30%が目安とされていますが、カフェの場合はこれよりも低くなる傾向にあります。
ドリンク中心のカフェ コーヒーやエスプレッソドリンクが主力の場合、原価率は15%から20%程度に抑えられます。これはフードメニューと比較して、ドリンクの原価率が大幅に低いためです。
フード・ドリンク混合のカフェ スイーツやサンドウィッチなどのフードメニューも提供するカフェでは、交差原価率という考え方を用います。例えば:
- ドリンク:原価率15%×構成比35%=5.25%
- フード:原価率30%×構成比30%=9%
- スイーツ:原価率30%×構成比30%=9%
- コーヒー豆販売:原価率60%×構成比5%=3%
- 合計原価率:約26%
このように、ドリンクの低い原価率がフードの高い原価率をカバーする構造になっています。
具体的な利益計算
コーヒー1杯を350円で販売し、総原価が100円の場合:
- 粗利益:250円
- 粗利益率:約71%
1日に100杯販売した場合、粗利益は25,000円となりますが、ここから人件費、光熱費、家賃などの固定費を差し引く必要があります。
海外の大手チェーンの原価戦略
スターバックスの原価構造
スターバックスは特に優れた原価管理で知られています。日本のスターバックスコーヒージャパンの決算資料によると、全体の原価率は約28%程度に抑えられています。
レギュラーコーヒー トールサイズのドリップコーヒーは400円から450円で販売されていますが、豆の原価は約40円程度とされています。カップなどの消耗品を含めても原価率は10%程度という驚異的な数字です。
フラペチーノ 一方、人気のフラペチーノは500円から650円で販売され、ホイップクリームやシロップなどの材料が加わるため、原価は150円から200円程度と推定されます。原価率は約23%から30%となり、レギュラーコーヒーよりは高くなりますが、それでも飲食業界全体と比較すると低い水準です。
スターバックスの原価率が低い理由
大量仕入れによるコスト削減 スターバックスは世界規模のチェーンであり、大量仕入れによって原材料のコストを大幅に削減しています。決算資料から計算される在庫回転日数は約23日と、一般的な飲食店の10日以内と比較して長く、大量にストックしていることがわかります。
高付加価値商品の販売 季節限定のフラペチーノなど、高単価の商品を積極的に販売することで、客単価を引き上げながら原価率を適切に管理しています。
影響原価率(交差原価率)の活用 スターバックスの売上構成比は、ビバレッジ(ドリンク)が70%以上を占めており、原価率の低いドリンクが売上の中心となることで、全体の原価率を抑制しています。
コンビニコーヒーとの比較
セブンイレブンのコーヒーは100円という低価格ですが、原価率は約47%から50%と高めです。これは以下の理由によります:
- テイクアウト専門で回転率が高い
- セルフサービスで人件費が抑えられる
- 来店促進のための戦略商品として位置づけられている
コンビニは1日あたりの販売数がカフェの数倍に達するため、原価率が高くても十分に利益を確保できる構造になっています。
原価以外の費用:FLRコストとは
カフェ経営において、原価だけでなくFLRコストの管理が重要です。
Fコスト(Food Cost:原価)
これまで説明してきた材料費のことで、カフェでは15%から30%が目安です。
Lコスト(Labor Cost:人件費)
バリスタの人件費は大きな支出項目です。時給1,500円のバリスタがコーヒー1杯を2分で作る場合、人件費は約50円となります。スターバックスの場合、人件費率は約27%程度とされています。
Rコスト(Rent:家賃)
立地によって大きく異なりますが、一般的に売上の10%から15%が適正とされています。スターバックスの場合、賃料比率は約11%に抑えられており、駅前の好立地でも月商2,000万円を超える店舗では月200万円の家賃を支払えることになります。
FLR比率の目安
飲食店経営では、FLR比率を70%以内に抑えることが健全経営の目安とされています。スターバックスの場合:
- F(原価):28%
- L(人件費):27%
- R(家賃):11%
- 合計:66%
残りの34%から光熱費、広告宣伝費、その他の経費を支払い、最終的に10%から15%程度の営業利益を確保するという構造になっています。
価格設定の考え方
原価率からの価格設定
最もシンプルな方法は、目標とする原価率から逆算する方法です。総原価が100円で、原価率を25%に設定したい場合:
- 販売価格=100円÷0.25=400円
市場価格からの価格設定
競合店の価格を参考にする方法も一般的です。例えば、地域のカフェのコーヒー価格が350円から500円であれば、その範囲内で自店の価値に見合う価格を設定します。
付加価値を考慮した価格設定
単なる原価率だけでなく、提供する空間、サービス、体験価値を考慮して価格を設定することも重要です。スターバックスが高価格でも支持される理由は、居心地の良い空間、フレンドリーなサービス、ブランド価値といった無形の価値を提供しているためです。
原価率を抑えるための戦略
仕入れ先の見直し
大手コーヒーメーカーとの取引では、豆の仕入れだけでなく、業務用マシンのリース割引、バリスタ教育、看板の提供など、様々なサポートを受けられる場合があります。UCCやキーコーヒーといった大手は、こうした総合的なサポート体制を整えています。
メニュー構成の最適化
原価率の低いドリンクメニューを充実させることで、全体の原価率を下げることができます。コーヒー、紅茶、ソーダ系のドリンクは原価率が低い傾向にあります。
ポーション管理の徹底
コーヒー豆の使用量、ミルクの量、シロップの量などを正確に管理することで、無駄なコストを削減できます。わずか1杯あたり1%の原価率の違いでも、年間では大きな差になります。
例えば、1日100杯、年間36,500杯販売する店舗で、1杯あたりの原価を10円削減できれば、年間36万5,000円のコスト削減になります。
在庫管理の最適化
コーヒー豆の鮮度管理と適切な在庫量の維持により、廃棄ロスを最小限に抑えることができます。POSシステムを活用した在庫管理も効果的です。
まとめ:コーヒー1杯の価格に込められた価値
カフェのコーヒー1杯の原価を見ると、確かに豆だけなら35円から75円程度、総原価でも100円から150円程度です。しかし、350円から500円という販売価格は決して暴利ではありません。
そこには以下のような様々なコストと価値が含まれています:
- 原材料費:コーヒー豆、ミルク、砂糖、カップなど
- 人件費:熟練バリスタによる丁寧な抽出とサービス
- 家賃:立地の良さ、アクセスの便利さ
- 光熱費:快適な空間を保つための空調や照明
- 設備投資:高品質なエスプレッソマシンやグラインダー
- 空間価値:居心地の良いインテリア、清潔な環境
- ブランド価値:信頼性、一貫した品質
海外の事例を見ても、アメリカのカフェでのコーヒー価格は平均3.27ドル(約490円)、ラテは5.46ドル(約820円)と、日本とほぼ同水準かやや高めです。これは世界共通で、カフェビジネスには一定のコスト構造があることを示しています。
原価率だけに注目すると「高すぎる」と感じるかもしれませんが、カフェが提供しているのは単なるコーヒーという飲み物だけではなく、快適な時間と空間、そして体験全体なのです。その価値に納得できるかどうかが、私たち消費者にとっての「適正価格」の判断基準となるでしょう。
カフェ経営者にとっては、適切な原価管理とともに、顧客が支払う価格に見合う価値を提供し続けることが、持続可能なビジネスを実現する鍵となります。



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