2013年2月、香港のディスカバリー・ベイに、一軒の小さなコーヒースタンドがオープンしました。創業者・Kenneth Shoji(ケネス・ショウジ)によって立ち上げられた% ARABICAは、香港発祥のスペシャルティコーヒーブランドです。しかし、この日本人創業者の心は、既に京都へと向かっていました。その後2014年に京都・東山に世界的な基盤となる旗艦店をオープンすることで、% ARABICAは単なる香港のカフェから、世界規模の日本を代表するコーヒーブランドへと生まれ変わったのです。現在、% ARABICAは世界236店舗を超える規模に成長しており、その多くが%の象徴的なロゴを掲げて世界の主要都市に立ち並んでいます。
この物語は、単なるコーヒーチェーンの成功談ではありません。それは、2011年の東日本大震災によって福島の自宅を失った創業者が、新しい土地で新しいビジョンを実現させ、やがて京都という古都を世界へ発信する物語なのです。
被災から始まった世界征服の夢
Kenneth Shojiの人生を変えたのは、2011年の東日本大震災です。福島県に住む彼の家は地震と津波によって完全に破壊されました。その悲劇的な出来事が、やがて世界的なブランドを生み出すきっかけとなるとは、誰が想像したでしょうか。
被災後、Kenneth Shojiは新たな人生を求めて香港へと移りました。2013年、彼は香港にディスカバリー・ベイで初の% ARABICAをオープンさせました。しかし、香港でのビジネスは簡単ではありませんでした。メディアの注目は集めたものの、立地が遠く、客足は思わしくありませんでした。
それでも、Kenneth Shojiは諦めませんでした。彼が掲げたビジョンは、香港という金融都市で大きくなることではなく、世界的なコーヒーブランドを確立することだったからです。翌2014年、彼は京都の東山地区に世界的な基盤となるフラッグシップストアをオープンさせ、地域の限定的なカフェから国際的ブランドへと転換させたのです。
なぜ、他でもなく京都を選んだのか。それは、Kenneth Shojiが深く理解していた日本文化の本質に他ならません。
京都に根ざすグローバルブランド——香港発祥、日本で花開く
% ARABICAは、香港で創業しながら、京都を本拠地とする国際的なスペシャルティコーヒーブランドです。創業地はあくまで香港ですが、創業者Kenneth Shojiの心と哲学が選び抜いた拠点は京都です。京都は日本文化の宝庫です。茶道、華道、能楽——日本の伝統芸能の多くがこの古都で生まれ、育まれました。そして、それらの文化が共通して持つ特質は、「簡潔性」「美しさ」「時間の深さ」という、コーヒーづくりにおいて最も大切な要素と完全に合致していました。
Kenneth Shojiは、かつてハワイを訪れてコーヒー農場を購入し、世界中のコーヒー文化を経験していました。その経験を通じて彼が到達した結論は、「世界的なコーヒーブランドを創造するなら、京都こそが最高の場所である」という確信でした。
その戦略は見事に成功しました。香港での初期のカフェを開業した後、2014年には京都に世界中の本店をオープンし、その後アジア、中東、ニューヨーク、ロンドンなど世界の主要都市に130以上の店舗を展開しました。京都を本拠地とした% ARABICAは、日本国内では京都の三店舗のみという限定的な展開方針を貫きながら、世界では236店舗を超える規模へと成長しているのです。
この一見矛盾した戦略は、实はブレない哲学に貫かれています。「日本の本質は京都にある」「% ARABICAの本質も、また京都にある」——。世界中で成功を重ねても、京都という根を失わない、その覚悟と誇りなのです。
%ロゴの秘密~コーヒーチェリーへの愛
% ARABICAを象徴するのは、その独特なロゴです。多くの人々は、このシンボルを単なるパーセント記号だと思い込んでいます。しかし、その背景には、創業者Kenneth Shojiの深い想いが隠されているのです。
Kenneth Shojiは、ブランドのロゴを探していたある夜、自分のラップトップキーボードを眺めながら、%記号を見つけました。その記号は、彼の目に、枝に揺れるコーヒーチェリーのように見えたのです。彼は「この%マークはコーヒーチェリーが枝に実っている姿のように見える。このロゴで、グローバルなコーヒーブランドを創造しよう」と決めたのです。
この発見は、単なるデザイン上の偶然ではなく、% ARABICAの哲学を体現するものでした。World Wallpaper Magazine(ウォールペーパーマガジン)のアスタリスク(*)ロゴに感銘を受けていた彼は、「どのキーボードでも打ち込める普遍的な記号」を求めていました。そして、その記号が、同時に「コーヒーチェリーの形」に見える——。コンピュータの普遍性と、自然の美しさが出会った瞬間でした。
%記号は、数字の背景にある品質、本質、真実を象徴します。同時に、それはコーヒーチェリーの形そのものでもあります。この二重性こそが、% ARABICAのトレードマークの本質なのです。シンプルながら、世界中のキーボードで簡単に打ち込める。そしてその中に、コーヒーの美しさと本質が凝縮されている。それが、% ARABICAが世界的なブランドになれた理由のひとつなのです。
八坂通りの奇跡~本店・東山店の誕生物語
京都の観光地として名高い祇園四条駅から南東へ徒歩約12分。清水寺へ向かう参詣客の道筋である八坂通りに、その小さな白い店舗は静かに立っています。八坂の塔(法観寺)を仰ぎ見るこの場所は、古京都の風情がもっとも色濃く残る地域です。
% ARABICA 本店・東山店は、この環境に完全に溶け込みながら、確かな存在感を放っています。その秘密は、Kenneth Shojiが「Simple, Beautiful, Timeless Design」(シンプル、ビューティフル、タイムレス・デザイン)と名付けた建築思想にあります。白く統一された壁、むき出しの木材、バックライトの柔らかな光——。一見するとミニマリストの美学かと思われるこのデザインは、実は日本の伝統建築における「引き算の美学」へのオマージュなのです。
本店は、他の大型チェーンとは全く異なる営業形態を採用しています。テイクアウトが主体で、店内の座席はわずか。訪れた人々は、一杯のコーヒーをカップに受け取り、古都の路地へと消えていく。その光景こそが、% ARABICAが描いた「京都とコーヒーの関係性」を最も良く表現しているのです。
メニューはシンプルです。シングルオリジンかブレンド、ホットかアイス、エスプレッソベースの飲料——。選択肢は限定されていますが、それは「決定を単純にする」という京都的な美学でもあります。人気ナンバーワンはやはりカフェラテ。バリスタの技術により施される美しいラテアートは、訪れた人々のカメラに収まり、世界中のSNSを通じて拡散されていきました。
本店の焙煎機は、東山店と嵐山店にのみ搭載されています。つまり、この二店舗でのみ、焙煎したての香り高い豆を購入することが可能なのです。自宅でのコーヒータイムを想い、豆を買い求める顧客たちの姿は、本店が単なるカフェではなく、「コーヒーの文化発信地」であることを物語っています。
嵐山店~渡月橋を望む聖地
% ARABICAが京都に展開する三つの店舗の中で、もっとも劇的なロケーションを持つのが嵐山店です。
創業者Kenneth Shojiが嵐山のこの場所を発見したのは、ほぼ運命的な出会いだったと言われています。渡月橋を眼前に、大堰川(おおいがわ)の清流を臨むこの位置。世界遺産・天龍寺から近く、嵐山竹林へのアクセスも良い——。Kenneth Shojiはこの場所に惚れ込み、翌日には日本行きの飛行機を予約。地主との交渉を開始したのです。地主は当初、その土地の売却を計画していたため、話は難航しました。しかし、Kenneth Shojiが東山店を見学するよう招待し、店内で一杯のコーヒーを飲んでもらった瞬間——。地主の心は一瞬にして溶けたのです。「この人の創る空間なら」「このビジョンなら」——そう感じた地主は、「できるだけ長く貸そう」と提案しました。
嵐山店は、東山店よりも交通の便が良く、アクセスしやすい位置にあります。清流を臨むガラス張りの店舗は、Instagram映えするスポットとして、世界中の観光客から愛されています。渡月橋の絶景とコーヒーの相性は完璧です。訪れた人々は、古都の風景とともに、一杯のスペシャルティコーヒーを味わい、その瞬間を写真に収めます。
嵐山店では、本店と同じく焙煎機が設置されており、焙煎したての豆を購入できます。また、本店では実現できなかった「外席での飲食」が可能です。川沿いのベンチに座り、古都の風に吹かれながらコーヒーを飲む——。そうした体験こそが、訪れた人々の心に永遠に刻み込まれる思い出となるのです。
営業時間は午前8時から午後6時。京都の朝日から夕焼けまで、その時々で異なる表情を見せる大堰川。そのすべての瞬間を、コーヒーとともに体験できるのが嵐山店の魅力なのです。
藤井大丸店~町なかへの新しい展開
三つ目の店舗・藤井大丸店は、河原町通沿いのデパート内に位置しています。この店舗の位置づけは、本店や嵐山店とは大きく異なります。
京都の観光資源が集中する東山エリアに対し、地元の京都人や、より多くの観光客にアクセスしやすい場所への出店——。これは、% ARABICAが直面した「オーバーツーリズム問題」への責任ある対応でした。本店と嵐山店の人気の高さゆえに、行列ができ、本来の「落ち着きのあるカフェ」というコンセプトが損なわれるリスクが生じていたのです。
Kenneth Shojiと彼のチームは、その状況を真摯に受け止めました。「多くの人々にコーヒーの素晴らしさを知ってもらいたい。しかし、京都の文化的な静寂も守りたい」——その葛藤から、藤井大丸への出店という判断が生まれたのです。デパート内という立地は、本来的には% ARABICAのブランドイメージとは相容れないものかもしれません。しかし、京都という街全体への責任感、そして「できるだけ多くの人にコーヒーの質を提供する」というビジョンを優先させた選択なのです。
% Shokudō~京都朝食文化への挑戦
2024年に新たな試みがもたらされました。八坂通りに「」(%ショクドウ)がオープンしたのです。これは、% ARABICAが手がけた初めてのフードメニュー専門施設です。
毎朝、% Kyoto Roastery & Bakeryで焼き上げられるバゲットサンドウィッチ。しかし、Kenneth Shojiが目指したのは、単なる「洋風朝食」ではなく、「日本的な朝食体験」でした。京都から世界へ発信するスペシャルティコーヒーと同じく、日本全国から厳選した最高の食材を用いた「日本の朝食」を提供する——。それが% Shokudōのコンセプトなのです。
セットメニューは二種類。4,800円と2,800円のコースから選ぶことができます。朝の静寂の中で、本物の日本の味を、本物のコーヒーとともに体験する。それは、訪れた人々にとって、京都への旅を豊かにする新しい文化体験となるでしょう。
香港から世界へ、世界から京都へ
% ARABICAの快進撃は、単なる商業的な成功ではありません。それは、「香港で創業された日本の美学を、グローバルな視点で再発見し、世界へ提供する」という壮大なプロジェクトの一部なのです。
世界中から京都を訪れた人々は、本店や嵐山店でコーヒーを飲み、%ロゴの秘密を知り、その体験を世界中に発信します。その情報を得た新たな旅人たちが、「京都で% ARABICAを体験したい」と訪日するようになります。やがて、京都への旅の重要な要素として、% ARABICAは位置づけられるようになったのです。
Kenneth Shojiが東日本大震災の悲しみから生み出したビジョンは、単なる個人の起業ストーリーではなく、日本文化、京都の美しさ、そしてコーヒーの本質を世界へ示す、壮大な物語となったのです。2013年の香港での小さな一歩から始まった物語は、2014年の京都での花開きを経て、今や世界236店舗、20カ国以上を超える規模へと成長しています。
京都という古都がもつ「美しさ」「簡潔性」「時間の深さ」。そして、香港で創業された起業家精神。それらが、% ARABICAというブランドを通じて、全く新しい形で世界へ提示されています。一杯のコーヒーを手に、%ロゴを見つめるとき。そこには、コーヒーチェリーの形を愛した創業者の想いが、確かに伝わってくるのです。
% ARABICAの京都の三店舗は、単なるカフェチェーンではありません。それは、香港で誕生し、京都で花開き、世界を舞台に活躍する、一つの美しい物語の舞台なのです。春の京都、夏の京都、秋の京都、冬の京都——。季節ごとに異なる顔を見せるこの古都で、% ARABICAは、訪れたすべての人々に、忘れがたい思い出をもたらし続けるのでしょう。


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